|
テーマ:猫のいる生活(138790)
カテゴリ:カテゴリ未分類
三島由紀夫の最後の長編小説「豊饒の海」は、「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の4編から成ってますね。
この作品は「夢」と「転生」をテーマにした物語です。 この「豊饒の海」を書き上げて、三島は1970年(昭和45年)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に赴きバルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起を促す演説をした直後に割腹自決しました。 凶年45歳。 決起当日の朝、出版編集者はお手伝いさんから「豊饒の海」の最終章「天人五衰」の原稿を渡されますが、巻末日付が11月25日で署名なされてたそうです。 バラナシ(ベナレス)のガンガー近くで死んだ者は、輪廻から解脱できると考えられています。 そのためインド各地から多い日は100体近い遺体が金銀のあでやかな布にくるまれ運び込まれるのです。 そして、その遺体はガンジスの岸辺で荼毘にふされる。 タイトルの「暁の寺」はバンコクのワット・アルンのことですね。 アユタヤ時代に建立されたこの寺の名前はヒンドゥー教の神アルナに由来し、その名(サンスクリット語で「暁の神」)から夜明けの象徴とされてます。 仏教用語ですが、もともとヒンドゥー教の前身であるバラモン教から生まれた概念です。 私は"なんちゃって仏教徒"なので、こんな概念信じてませんし、多くの日本人は私のように無宗教の人が多いので同じようなものぢゃないですかね。 死生観は生死に対する考え方や、生死に関わる判断や行動の基準になる考え方のことです。 仏教やキリスト教など宗教を信じてる人は死生観を持っていること多いですね。 イスラム教では、死はアッラーによって決められたもので、魂は肉体から離れるが、裁きの日に再び肉体と結びついて復活すると、やはり輪廻転生とよく似た考え方です。 それで復活する日を五体満足で迎えるため、火葬ではなく土葬にするのですね。 死は死後に起きる復活と裁きという結末にむかう通過点でしかないと考えられてます。 仏教には日本で信仰されてる「大乗仏教」と別に、おもに東南アジアで信仰されてる「小乗仏教」があります。 インドで生まれた仏教で、紀元前後に成立した大乗仏教に対して、旧来の仏教を小乗仏教と云いますが、「小乗」と云う言葉は大乗仏教側が称した蔑称なので、現在は「上座部仏教」と呼んでます。 大乗仏教は人間は釈尊と同じ仏になれると考えられてるのに対し、上座部仏教では人間は釈尊にはほど遠く、修行しても及ばないと考えられてます。 つまり大乗仏教は、広く民衆救済を目指すものですが、上座部仏教はブッダの教えを忠実に行い、出家して戒律を守ることによって自らの解脱を目指すことなのです。 なので上座部仏教信者がほとんどのタイやラオス、ミャンマーなどでは男性全員が一度は仏門に入るのですね。 上座部仏教では、死は岸辺に打ち上げられた波が大海に帰っていくように、静かな本来の世界に帰っていくこととされています。 涅槃である死は寂静で、意味付けを必要としない世界とされてるのです。 日本では武家政権が成立した時代以降、戦場での死に向き合わざるを得ない武士の意識を大きく反映した死生観が育っていきました。 それがよく表れるのが、死を前にした辞世の句です。 上杉謙信の辞世の句は「四十九年 一睡の夢 一期の栄華は 一盃の酒にしかず 柳は緑にして花は紅」 冒頭に登場した三島由紀夫の辞世の句は「益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜」です。 三島のような詭激な人生は別にしても、人間に限らず生き物はオギャアと生まれた瞬間から死に向かって歩んでいくのですから、宗教有無を問わず死生観をもつことはイミあります。 もちろん私だって若いころはいつか死ぬのは分かっていても、それは概念だけで、実感として死を意識したことなどありませんでした。 しかし年老いてくるにつれ、死は現実のものにどんどん近づいてきましたね。 最近は終活サービスや終活など情報が豊富にあり、死生観を持つ人が増えてきたそうです。 自分や家族の最期についてしっかり考え、死に向き合うことができれば、漠然とした恐怖や不安も無くなります。 死生観を持つことにより、今後の人生をどのように過ごすか見直すきっかけにもなります。 ただ漫然と死ぬのを待つのではなく、身体が動くうちにやっておきたいこと、今すぐやらねばならないことが見えてくるのですね。 死生観を持ったとしても、持ったその瞬間に死ぬことは限りなく「0」に近いし、お釈迦さまか、キリストかアッラーの神か八百万の神か知らんけど、それから長い短いはあれ生き続けて、ある日死が訪れる。 それでいいぢゃないですか。 どっちみち選択肢は無いのですから。 ただ、意識を持ってるか持ってないかで、最後に「ああしておけばよかった」なんて後悔は少なくなると思います。 ガンジーは「明日死ぬかのように生きよ。 永遠に生きるかのように学べ」と述べてます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|