|
カテゴリ:教授の雑感
先日行われた大学入学共通テストで、マスクから鼻を出していた廉でお縄頂戴となった「鼻出しマスク男」、各方面をざわつかせております。
一つは茂木健一郎氏による「マスク男擁護論」ね。第一報で擁護して、詳細が明らかになった後にもう一回擁護して、世間に叩かれているという。 これに関しては、私が思うに、茂木健一郎氏の方が分が悪いね。いくら「その人の自由」と言っても、迷惑ユーチューバーのごとき振る舞いが容認されるとも思えず。しかも、そのために迷惑をこうむるのは、このテストに一生を賭けている他の受験生たちだからね。 前にこのブログで茂木健一郎氏のご著書の読後感を述べた時に、その著書から伺える茂木氏の異様な幼稚さを指摘したことがありますが、今回の氏の擁護論を見ていると、ああ、やっぱり幼稚な人だなという感を受けますな。 ま、でも、そんな幼稚な擁護論はどうでもいいんだよ! それとはまったく別な観点で、私は今回の「事件」に感銘を受けておるのでございます。私は、っていうか、日本のアメリカ文学者なら、おそらく同じ思いを抱いたのではないかと。 どう言うことかっつーと、この「鼻出しマスク男」、アメリカ文学を代表するある作家の、非常に有名な短編を思い出させるところがあるのよ。 それはですね、『白鯨』を書いたことで知られる19世紀アメリカ文学の巨人、ハーマン・メルヴィルの「バートルビー」という短編でございます。 バートルビーはね、元々得体の知れない人として登場し、さる法律事務所に就職し、筆耕を勤めることになるんですな。で、最初はそれなりに仕事するんですけど、ある時からパタッと仕事をしなくなる。で、所長さんから「仕事してよ」と言われるんですけど、「ボク、そうしない方がいいんですが」と言って断るわけ。 で、困った所長さんは、「仕事してもらわないと、ここにはいられないよ」とか言うのですけど、バートルビーは「ボクはここから追い出されない方がいいんですが」とかって言って、あくまでも所長の提案を拒絶する。 で、その拒絶するバートルビーの口癖が「I would prefer not to.」なんですね。「ボク、できればそうしない方がいいんです」という。 この断わり方がすごくて、「絶対やりたくない」と明確に断っているのではなく、かといって仕事を引き受けるのでもなく、ただ「どちらかというと、そうしない方がいい」と言っているわけ。 つまり、前にも進まない、後ろにも進まないっていう。どちらも拒否するのだけど、しかし断固として拒否しているわけでもない。妙な断り方なのよ。 で、結局、バートルビーは官憲によって逮捕され、牢屋に入れられるのですが、そこでも「そうしない方がいい」と言い続けて、最終的には死んでしまう。 死後、バートルビーが法律事務所に来る前、郵便局の「デッド・レター」係を勤めていたが判明するのね。デッド・レターというのは、配達不能かつ差し戻し不能の、宙ぶらりんになってしまった手紙のこと。バートルビーは、来る日も来る日も、この配達不能手紙を処分していたわけ。処分した手紙の中には、死刑の差し止めを命じた命令書とか、求婚の手紙とか、そういうのもあって、それが宙ぶらりんになったために、人の一生を左右してしまったかもしれないものも数多く含まれていた。そういうものに日々接しながらバートルビーは暮らしていたんですな。そしてその仕事に絶望したのか、ついに自分自身が配達不能になってしまったと。 さて、この「バートルビー」を踏まえて、今回の鼻出し男の言動を見るに、彼は「その指示には従いたくない」と繰り返し言い続け、マスクの正しい着用を拒み、別室で受験することを拒み、失格処分を受けることを拒み、さらに立てこもったトイレから出ることを拒み、最終的には官憲によって逮捕されたと。 は、はーーーん。なるほど、そうか。この鼻出し男は「バートルビー」を演じていたんだ! ワタクシにはピーンと来ましたね。 21世紀の日本に、ついにバートルビー登場! だからこの事件はね、非常にアメリカ文学的なのよ~。ちょっと感銘を受けるでしょ? え、受けない? 感銘は受けた方がいいんですが・・・。 これこれ! ↓ 書記バートルビー/漂流船 (光文社古典新訳文庫) [ ハーマン・メルヴィル ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 19, 2021 02:27:22 PM
コメント(0) | コメントを書く
[教授の雑感] カテゴリの最新記事
|
|