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カテゴリ:教授の雑感
先日も書きましたが、今時の英語力のない学生であっても、ヘミングウェイの短編の良さはわかる。
ということで、ヘミングウェイの短編を二つ、読んだのですが、さて、この後どうするか、という問題に直面しておりまして。 短くて、英語が優しくて、それでいて内容が深い。この三拍子そろったアメリカの短編は何か? ということで、熟慮の結果、スタインベックの「菊」を読ませることに。まあ、このくらいなら、学生にも読めるだろうと。 で、大学の附属図書館に行ってこの短編(もちろん英語版)を探したら、一冊あったので借り出してみた。 で、内容を再チェックして、まあ、これならいけそうだとの確信を得たのですが、この図書館に入っていた本には、結構、書き込みがある。それも、明らかに日本人のではない書き込みが。 で、どなたか外国人さんがこの本でスタインベックを読み、書き込みをしたんだなと思いながら本を閲していたら、裏表紙にこの本の前の持ち主の名前が書いてあった。 そしたら、それが、30年前に私の同僚であった、外国人教師の名前だったの。なーんだ、これはもともとD先生の本だったのか! ということで、途端にD先生の思い出がよみがえってきたのですが、D先生は先天的に足に障害を抱えていらして、ちょっと歩くのに不都合だったんですね。それでも、だから出不精ということはなく、当時、学生たちと一緒に合宿旅行に行ったりしていた。例えば三重県の神島にも一緒に行った思い出があります。 神島というのは、三島由紀夫の『潮騒』のモデルになった島で、そこに住んでいる人たちの姓がほとんど一つしかなく、それで家の表札には下の名前が書いてあるような田舎。 で、その島に住む子供たちは、まるで昭和初期の子供のように無邪気で、旅行者が来るとつきまとってくる。 そんなところで外国人のD先生が行ったものだから、まあ、現地の子供たちが大はしゃぎして我々一行にたかってきちゃってね。大変でしたよ。でもD先生は少しも嫌がらず、子供たちを優しく接しておられましたっけ。 で、そんな風に数年の間、私とD先生は同僚だったのですが、やがて先生はアメリカに帰られることになった。お目にかかるのはこれが最後という日、先生は私にギターのピックをくれたのですが、そのピックには「Keep on rocking!」と書いてありました。お前、ロック魂を忘れるな、というほどの意味でしょうか。いつまでも若々しく、反逆者であれと。 ところが、アメリカに帰ったD先生には、あまりいいことはありませんでした。体が不自由ということもあって、職に就けなかったんですね。もちろん結婚もできず。それでお姉さんの家に間借りして、酒を飲むようになった。 で、その後数年して、無聊のうちに亡くなってしまったんです。 振り返れば、D先生にとって、人生で一番楽しく充実していたのは、私らなんかと一緒に日本の大学で教えていた頃だったのではないかと。 そんなD先生が、人生最良の時に、日本で読んでいた本の一冊、それが今回私が大学図書館の地下書庫から掘り出してきたこの本だったと。 なんか、そんなことを思うと、鬱屈した女性の切ない思いを描いたこの「菊」という短編も、ますます意味深く思えるようになってきます。 そんなD先生の思いも含め、「菊」を使っていい授業をしないといけませんな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
June 5, 2023 04:47:05 PM
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