『陽気なギャングの日常と襲撃』の概要
素晴らしいね、文句なしに!!と、読み終わった瞬間はすごく満足した気分になったけれど、これはちょっとファンサービス的作品だったかな?前作『陽気なギャングが地球を回す』続編として刊行されたこの作品、『陽気なギャングの日常と襲撃』(祥伝社)通称『ギャング2』は、前作や映画に全く触れていない人にとっては、いきなりその世界観を受け入れることは難しいかもしれない。あとがきで伊坂氏も「できることならば、順番に読んでいただけるとありがたいです」と書いてあるように、私も前作から読むことをオススメする。あらすじは、裏表紙の文章を借りると・・・人間嘘発見器成瀬が遭遇した刃物男騒動、演説の達人響野は「幻の女」を探し、精確無比な“体内時計”の持ち主雪子は謎のチケットを真意を追う。そして天才スリの久遠は殴打される中年男に――史上最強の強盗4人組が巻き込まれたバラバラな事件。だが、華麗なる銀行襲撃の裏に突如浮上した「社長令嬢誘拐事件」と奇妙な連鎖を始め・・・。絶妙のプロット、会話、伏線が織りなす軽快サスペンス!伊坂ブームの起爆剤にして、映画化で話題の「陽気なギャング」ここに待望の復活!前回は都会派サスペンス!だったけど、今回は軽快サスペンス!なんだ。うん、確かに軽快だったね。会話のテンポが良いし。個人的には久遠が特に良かった。「てめえ、黙れ」「助けて、助けて、誰かボクシングのできる人。ボクシングの得意な喫茶店の人」や「何新聞だよ」「えっと、恐怖新聞です」(p.168)、「来年の七夕の時は、響野さんみたいに品のある人間になりたい、って短冊に書くよ」「絶対書けよ」「いやだ」(p.209)などなど、お気に入りを挙げれば切りが無いのだが、すごく発言が冴えている。これは久遠自身も言う「よく行く喫茶店の店主の影響」(p.162)かもしれない。ついでに言うと、スリの技術も前回を上回っているように思う。新幹線のチケットを“取って、入れ替えて、戻す”なんて、もう犯罪ではなく神業だ。動物愛護の精神も健在で、今回の久遠は最高だった。もちろん成瀬、響野、雪子の3人も相変わらず素敵で、この陽気なギャング達にまた会えたことを嬉しく思う。さて、『ギャング2』の重要キーワードは「嘘」である。 『ギャング1』のキーワード「裏切り」と似た要素を持っているようにも思えるこの「嘘」という言葉は、『ギャング2』の中でなんと41回も使用されている(ちなみに「裏切り」は2回)。内容を分類すると・・・成瀬が見抜く嘘 (p.13,14,22,32,33,177,221)、成瀬がつく嘘 (p.221)、大久保がついた嘘 (p.14)、黒磯がつく嘘 (p.53)、響野の嘘話 (p.70,147,254)、美由紀がついた嘘 (p.75,76,77,83,87,102)、雪子がしれっとついた嘘 (p.94)、奥谷奥也の本当か嘘か (p.100)、劇場オーナーの嘘 (p.115)、久遠がついた嘘 (p.122)、熊嶋洋一がついた嘘 (p.124,129)、和田倉がついた嘘 (p.125,128,130)、久遠のリアクション「え、嘘」 (p.142,222)、大田がついた嘘 (p.193)、バレてしまった嘘の煙 (p.249)、良子のリアクション「嘘?」 (p.254)となる。ちなみに中で私が一番好きな嘘は久遠のパイナップル嘘だが、ここでは置いておこう。とにかく、この作品には「嘘」が溢れている。なぜこんなにも嘘を並べ立てたのだろう。世の中嘘だらけということか。それとも人間は嘘をつく動物だとか。どれも「嘘は悪いものだ」というスタンスは取っていない。寧ろ、嘘があることによって人生が豊かになるような感じさえ受ける。題名の 『陽気なギャングの日常と襲撃』は、つまり第1章の“日常”と第2~4章の“襲撃”で構成されているということなのだろう。嘘の溢れた“日常”の中に嘘だらけの“襲撃”を加える陽気なギャング達。嘘をつく者と嘘をつかれる者が生きる地球。そんな地球を回すのは嘘を見破る成瀬。「地球を回したって、何も出てこないよ」という田中の台詞(p.173)。言ってしまえば全てはフィクションで嘘の話で。伊坂氏はあとがきで「もしかすると前作の大切な部分がこちらでこっそり明かされている可能性もあります」と書いているが、そんな謎が明かされるような場面は私が読んだ限り無かった。これも嘘なのだろうか。まぁ「可能性もあります」だから別に嘘にはならないか。それとも前作の題名 『陽気なギャングが地球を回す』の意味を明かしたのが上記田中の台詞ということなのだろうか。地球を回しても何も出てこない。真実は見えてこない。それでも地球を回し続けるギャング達。嘘で固めて真実を陽気にはぐらかし、ロマンを求めて生きていく。何も出てこなくたっていいじゃないか。「ロマンはどこだ」と言いながら生きていれば、それが真実になる。かもしれない。『重力ピエロ』の「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」の精神を受け継いで、なんとも軽快に見せた、魅せた、作品である。