日光山輪王寺を散策してきました
9月7日-9日、学生時代の仲間と日光山輪王寺を散策してきました。
各地から集まって来た集合場所は、日光・鬼怒川温泉でした。
当方は、鬼怒川温泉は初めてでした。
鬼怒川沿いにホテル・旅館がありますが、
自然につつまれ、霧雨の中でしたが、なかなか野趣ゆたかな温泉でした。
9月8日は、今回の旅で最大の眼目でしたが、
日光山輪王寺を、堂じゃ引き(現地の専門ガイド)の方に案内してもらいながら、
幾つかの箇所を散策して回りました。
自然にしっとりと包まれた景観は、独特の趣がありました。
あいにく、台風18号の余波のために、小雨の降る中でしたが、
この時点では、幸いにして支障はありませんでした。
鳴き竜などは、逆によく響いて、
反響が、鈴の音のように、よく聞き取ることが出来ました。
赤い制服の方が、案内役の堂じゃ引きの方です。
日光山には、東照宮をはじめ103棟の建物があるそうで、
その全体で輪王寺のお寺なんだそうです。
今年は、徳川家康没400年だそうで、
初公開とのことですが、家康の位牌が公開されてました。
残念ながら、当然かもしれませんが、それは撮影は禁止でしたが。
博学の歴史家、堂じゃ引きの方の案内で、
幾つかのポイントを、見て回りました。
さすがです、堂じゃ引の方は、説明がしっかりしていて、味わいもあるんですね。
陽明門は改修中でしたが、彫刻の下から絵が出てきたとのことで、
最初は彫り物の壁ではなく、絵画だったんですね。
彫刻の修理が済めば、その絵は、また彫刻の下に隠されてしまうそうです。
その絵についても修復しているところを見ることが出来ました。
さらに、徳川家康のお墓も見てきました。
長い石段の上にあって、200余段も裳の上にあるんですが、
その両側の石垣が立派でしたが、雨にぬれ汗をかきかき、
その石段を登って、お墓を見てきました。
たしか50年前の中学修学旅行でも、このお墓は見たはずなんですが。
同じものでも、見る時や視点がかわると、変わってみえます。
徳川政権の威光を示そうとしているように、がっしりしたつくりでした。
これも堂じゃ引きの方の説明からですが、
江戸時代の平均寿命は、38歳だったそうです。
それに対して徳川家康は、1616年に75歳で亡くなった、
当時としては、かなりの長寿だったんですね。
何代にもわたって、全国的な力を結集させた天下普請だったんですね。
とにかく、堂じゃ引の方から、万般にわたり説明していただきました。
ただ説明していただいただけではありません。
口うるさい参加者から、いろいろ様々な疑問・質問をぶつけられたんですが、
そのすべてに、的確に、詳しく説明していただきました。
さすがでした。
この案内者を手配してくれたのも、この旅の幹事の方の配慮でしたが、
幹事の準備のあつい思い入れが、「なるほど」と伝わってきました。
これにより、たいへん大きな歴史のプレゼントとなりました。
8日は、この輪王寺を見学した後、
いろは坂を登って、二日目の中禅寺湖畔の宿につきました。
さっそく旅の汗を流したんですが、これはそのお風呂です。
あいにく、台風18号の余波で、窓の外、屋外は、強い風雨が吹き荒れていました。
本来見えるはずの中禅寺湖や、周辺の景観は、立ち込めた霧か雲に隠れて、
見ることが出来なかったんですが。
しかし、その代り宿の温泉の方は、じっくり楽しめました。
知らなかったんですが、中禅寺湖畔には、硫黄泉の濁り湯がでているんですね。
これは、日ごろの疲れや、旅の疲れをいやすのに、最高の温泉でした。
今回の2泊三日の旅でしたが、
台風の余波があり、影響が心配されましたが、無事に日程を終えて、
9月9日には、各自、それぞれの生活の場にもどっていきました。
私などにとっては、かつての中学の修学旅行もよかったはずですが、
今回の日光の旅は、新たな歴史と人生の旅でした。
各自の歳の功でもありますが、
それぞれの生きざまを交流できた、たいへん有意義で楽しい旅となりました。