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カテゴリ:小説
その日の雨がいつごろ降りだしたか。薄曇りの朝だったことは覚えている。静かな一日の始まりであった。窓を閉めても部屋に冷気が忍び込んでくる、肌寒い日だ。蛍光灯の明かりの下読みかけの本を手に取った。午後には出掛けなければならない。区切りのいいところまで読んでおこう。ん?そういえば一昨日来るはずの国政調査員が来ない、いつ来るのだろう。取りに来るはずの調査書が玄関の靴箱の上に無造作に置かれている。まぁ、いっか来るはずだ。頭の中に浮かんだ漠然とした疑問を打ち消すようにキスミントを口に放り込み、クチャクチャと噛んだ。再び本に目を落とす。今手にしている本は、友人のS氏に勧められた山田風太郎の明治小説全集のなかにある『幻燈辻馬車』である。この本は忍法帖シリーズとまた違った趣があり、歴史上の実在した人物が主人公の元会津藩士の御者とその孫娘を事件へと巻き込んでゆく・・・。孫娘が危険に陥った時、幽霊の父が現れて助けてくれる、真景累ヶ淵の三遊亭円朝が本物の幽霊を見て驚愕したり、芸者に寿司をつまんで食べさせてもらっている伊藤博文が頭のうしろをピシャリと叩かれたりする。辻馬車の御者の目を通して見た明治という動乱の時代、歴史に語られなかった物語がここにあった。この作品がフィクションであることを分かった上で改めて歴史とは、究極のミステリーであることを再認識した本である。
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最終更新日
2010年10月06日 09時29分42秒
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