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カテゴリ:航海日誌
参照
Re:コメントレス&雑記(02/10) 末席法華講員 さん >正当を主張する大石寺系は、全滅。 またひとつ長野M相寺・H講員の不祥事が! ↓ https://twitter.com/hashtag/ 高原紀行 (←参照) 自己破産の翌日に折伏に行ってるらしいです、債務者には説明もなくとか。 時系列のツィッターをごらんください。 それにしても競合団体から脱会したときにはヤンヤの喝采だったのに いつもの通りこういうことになると、彼は勤行してなかった、とか 過去世の罪障が出てるとか・・いうんですかね。 日蓮本仏論系統の信仰をしていた害毒とした方が、収まりが良いと思いますよ。 学会側言わせれば、日顕宗などに行ったからとかなるでしょ。 正宗側から言わせたら、創価時代に積んだ罪障とか過去世の罪障とかいうでしょうね。 第三者から見たらどっちもどっち。大石寺系信仰をしていたのが原因じゃないのとね。 で、勤行云々ですが、勤行なんてしなくても問題がない。 それは、創価学会が実証してます。 いや、創価学会は勤行をしていると言いますが、確かにしてますよ。 でも、勤行て刺身で言うツマ。付け合わせ。 有ってもなくてもいいもの。 大事なのは題目と散々言ってるのですから、勤行の有無など無意味。 だって、勤行で法華経を読誦するのは、破折の意味も込めてとか言います。 題目が大事だからとね。 なら、題目唱えて折伏(勧誘)しているのであれば、日蓮上人が言うところの立派な信心となるでしょ。 所詮、法華経も余経もせんなし、ただ、南妙法蓮華経をと言ってますね。 あとツイッターを少し見てみましたが、どっちもどっちだなと思いましたよ。 大石寺系信仰て六根清浄になるどころか、憎しみ、怒り、争いばかりで、六根清浄と真逆な利益が頂ける凄い信仰なんですね。^^ そういえば、正本堂がてのも有りましたが、末法万年まで存在するわけもないのに、建物に拘るのって、執着ですね。 まるで、淺井昭衛一党と同じ。 同じ建物など存在しない永遠不滅もない。 常に変化しているのですから、それなのに、永遠に存続するような妄想に囚われている。 大石寺系信仰をしていると、執着するのが普通になるんでしょうかね? また、小樽問答がとかも有りましたが、あんな野次ばかりで、中立でなければいけない司会が、煽る。 まともな議論(法論)が出来る状態ではないでしょ。 で、大石寺坊主はなにをしていたのかてなる。 それを言うのなら、大石寺三兄弟がみんな崇めている、日寛師の謗法与同とか折伏もしないで、他宗と仲良くして将軍に諂ってるとか、なにも言わないんだろうね。 よく、謗法与同の法主が書写した本尊を拝めるよね。 にほんブログ村 「自灯明・法灯明」 「願わくはこの功徳を以って普く一切に及ぼし、 我らと衆生とともに仏道を成ぜんことを」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017年02月11日 21時38分50秒
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