[『闇夜でしか愛せない』]の記事一覧 | Ｆｏｌｉａｇｅ　Ｇｒｅｅｎ

『闇夜でしか愛せない』8話目UP！

久しぶり～に、書いてみました『闇夜でしか愛せない』第８話！いや、本当に久しぶりです。前回の第７話を更新したのが１２月１日だったので、かれこれ５０日ほど間があいてたんですね。自分でもビックリです考えて見れば、その間短いのばかり書いてたんだな～。遅筆な私にしては書いている方ですが、連載放置はよくありませんね。これからは、どの話を書くかもうちょっと考えながら予定を立てないといけないようです。とか言いつつ、その時気になったものを優先させちゃうんでしょうけど。今回は……と言うか、今回もほのぼの路線です。まァ、それはいいんですけど、……夏の話なんですよね。現実世界は今、一年で一番寒い時期なのに！！お話の中では夜、外に出ていても問題無しです。私自身夏嫌いなくせに、今は寒いので夏の方がいいような気がしてしまいます。それにしてもこのお話、次の夏でも連載してそうな気がします。では、『闇夜でしか愛せない　８』です。宜しくお願い致します。

『闇夜でしか愛せない』７話目ＵＰ

気がつけばもう１２月ですよ！もう今年も残すところ一カ月！！まだ年賀状の準備してません　一体、どうなるんでしょう。最近、私の生活はアン一色で、いろんなことが放置プレイになっちゃってます。書きたい話も色々あるのに、このままではあっという間にクリスマスもお正月の過ぎていきそうです。でも一番ダメダメなのが、もう冬なのにまだ７月下旬の話を書いていることのような気がします。『闇夜でしか愛せない』進みが遅いです。年内にもうちょっとは進めておきたいんですけども。って、他にも書きたい短編がチラホラあったりしますが。とりあえず、今日は『闇夜～』をお届けです。今回はようやく穂高とアカリのお出かけ編です。まだ、そんなにイチャっとできるような状態ではありませんが、まず一回目のデートはこんなものなのかもしれません。ではでは『闇夜でしか愛せない　７』です。お楽しみいただけたら幸いです。

闇夜でしか愛せない　６

　夏嫌いを克服する――――。　そんな名目で、アカリと遊ぶ約束をしたのが月曜のこと。そして約束と実の土曜日まで、穂高はいつになく忙しい日々を過ごすことになった。　まず、元々の自分の生活に組み込まれている大学とアルバイト。　それにいまだ入院中の叔母の様子を見に病院へ顔を出し、母に頼まれた従弟探し。　穂高は日に何度も市内の端から端まで往復することになった。そして、アカリとの約束の土曜当日――――。　待ち合わせの駅に向かう前に穂高がいたのは、従弟が住んでいるはずのマンション前だった。　ちなみに、ここから駅までは真っ直ぐ進んで五百メートルほど。　エントランス前で立ち止まった穂高は、地上十階建てのその建物を仰ぎ、どうしたものかと目を細める。　昨日の金曜日で高校は一学期を終え、学生達は今日から夏休みに入っている。　そのせいで、穂高が持っている唯一の情報である、従弟らしい少年の通う高校の制服で見分けることもできなくなってしまった。「昨日までに何とか目処がつけられたら良かったのに」　悔しそうに呟いて溜息を吐くけれど、穂高自身も大学のテスト期間中とあって思うようには動けなかった。　名前と子供の頃の顔しか分からない。唯一確実なのは彼が住む住所だけ。　穂高はマンションの七階に視線を止めると、小さく舌打ちする。　部屋番号までは分かっているのだから、堂々とインターフォンを押せばいい。何度も穂高はそう思うのだけど、探し人の父親がこちらの親族との接触を嫌がっている以上、迂闊なことはできない。「すぐそこにいるのに」　穂高は拳を握り締めると、どうしたものかと眉間に皺を刻む。　直接自宅を訪れて父親と遭遇した場合、ことが拗れる可能性は高かった。だから、せめて従弟本人と接触したいけれど、穂高はその手段を持たない。ツテすらもない――――。そう考えて、穂高は、頭の片隅にある蜘蛛の糸ほどに細いツテに思いを馳せる。　初めてこの場所を訪れた時に見た、従弟かもしれない少年の姿……。その彼と同じ制服を着ていたもう一人の少年……。　これから会う約束になっている人物を思い浮かべた穂高は、どうしたものかと一層眉間に浮んだ皺を深くする。　黒のシャツに白のベストとパンツ。市内にある私立高校の印象的な制服に身を包んだアカリを見た時には、一瞬、助かったと思ったのは事実。　確率はそう高くないけれど、ひょっとしたらアカリは穂高の探し人を知っているかもしれない。そうでなくても同じ学校に通う分、穂高よりはずっと情報を得やすいはず。　けれど、そう思ったのはアカリに話しかける前のこと。　実際に話してみたアカリは、人を気遣うこともできる真面目な人間だった。そうなると、会った早々すぐに協力して欲しいと頼むことが怖くなった。　知り合ってすぐにそんなことを言えば、まるで穂高がそれだけのために声をかけたように思えてしまう。　それは嫌なのだ。　純粋に、穂高はアカリが気に入ったから親しくなりたいと思ったし、一緒に遊びに行けたら楽しいだろうと思ったのだ。「……………参ったな」　けれど、今の穂高に従弟を見つけ出す手段はない。　穂高の母によれば、そうすぐに叔母とその息子を会わせてやれるとは思っていないということだけど、それでも何もせずに夏休みが終わるのを待つわけにはいかない。（せめて、夏休み中の登校日が分かればいいのに）　少なくとも制服を着てくれれば、ぐっと特定しやすくなるだろう。　首が痛くなるほどに、マンションの上階を見上げた穂高は何かいい方法がないかと頭を悩ませる。（いっそ、ここに住む女の人でもナンパするかぁ）「…………穂高さん？」知り合いができれば、マンション内に入ることが可能になる。そんな馬鹿なことを考えた穂高に横合いから声がかけられた。酷く耳障りの滑らかな声は、つい先ほど思い浮かべた人物のものだった。　ゆっくりと声のした方に体を向けると、そこには思ったとおりの姿がある。「……アカリ」　ちょうどマンションの隣にあったコンビニから出てきたばかりらしく、アカリの手にはミネラルウォーターのボトルが握られていた。「ひょっとして、駅に向かう途中だった？」　最初に会ったマンションが彼の自宅だというのなら、ちょうどこのあたりは駅までの中間地点になる。　左手に嵌めた腕時計に視線を落とせば、待ち合わせの時間まではあと十五分ほど。　残りの距離をゆっくりと歩いても五分ほど。　どうやら十分前行動が基本らしいアカリに笑みを向けると、当のアカリは僅かに照れくさそうな表情を浮かべた。（これくらいの年だと、真面目な行動を人に指摘されるのって照れくさいのかもしれないな）　そんなことを思いながら、穂高は背後を振り返ると「おいで」とアカリを手招きする。　いけないと思いつつ、ほんの一、二分路上駐車していた愛車の助手席のドアを開けると、アカリの背中を押すようにして座らせる。「いいんですか？」　運転席に滑り込んだ穂高に、アカリは用事があったのではないのかと気遣いを見せた。　この分だと、自分との約束は反故にしてもいいと言い出しかねないアカリに、穂高は大したことじゃないんだと首を振る。「それに具体的に用事があったわけでもないんだし」　そう。実際、具体的に作戦があったわけじゃない。　アカリとの待ち合わせと件のマンションが近かったから、何かいい方法がみつからないかと足を止めてみただけのこと。「でも、真剣な表情してたような」「や、本当に気にするようなことじゃないんだって」　いっそ、人探しをしてるんだと言ってしまおうかとも思うけれど、やはりそのことをアカリに言うことに抵抗があった。　もしもアカリに、穂高は助けが欲しいからアカリと親しくなる必要があった、何てことを思われたらたまらない。「穂高さん」　もう一度、なんでもないと首を振ってハンドルを握った穂高の手に、そっとアカリの手がかけられる。　滑らかな音色を奏でるのに相応しい、ほっそりと長い指先。　穂高より体温が低いのか、ほんの少し冷たく感じるその手の感触が心地いい。「……確かに、この辺で用事があるといえばあるんだけど、それは今することじゃないんだよ」　時間に余裕があったから、少し様子を見ただけだと付け足した穂高に、アカリはようやく納得してくれたのか、ホッと安心したように肩から力を抜いたのが分かった。　その仕種が、何故だか穂高を楽しい気分にさせる。　彼が安心したということは、裏を返せば穂高に急ぎの用事がなくて喜んでいるということ。「今日のこと楽しみにしてくれてた？」　　夏嫌い、人混み嫌いのアカリが楽しみにしていてくれたというのなら、穂高だって嬉しい。　助手席に納まったアカリが、やっぱり照れくさそうに頷くのを確認した穂高は、ゆっくりと車をスタートさせた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

闇夜でしか愛せない　５

「昨日は……すいませんでした」　ゆっくりとした足取りで穂高の前までやってきたアカリは、改めてペコリと小さく頭を下げる。　少し長めの髪が、サラサラと肩から滑り落ちる様子を何となく眺めていた穂高は、頭を上げた彼の視線が正面から自分を見返すのを確認して、口元に小さく笑みを浮かべた。「謝るようなこと、何もしてないデショ？」「でも、ほんの少しでもタイミングがずれてたら大怪我させてたから」「まぁ、ビックリはしたけどさ。それだけのことだし」　自分でよほど気にしていたのか、アカリは穂高が大丈夫だと笑っても簡単に表情を緩めたりはしない。「本当に大丈夫だって。別に踏み潰されたわけじゃないんだし。それより、俺も気になってたよ」　穂高はそう言ってアカリの手を示した。「柵乗り越える時に怪我したろ。傷深かったんじゃない？」「怪我って言っても、かすっただけだから」　僅かに驚いた様子を見せたアカリは、ぎこちない笑顔を見せると、なんでもないと示すように手を振る。「それなら良かった。ちょっと気になったからさ。で、デートには間に合った？」「え……？」「随分急いでたから、デートに遅刻しそうなのかと思ってさ」　違ったかと訊ねると、アカリは一瞬動きを止め、それからそうじゃないと首を横に振る。「ちょうど花火だったし、デートにはいい日だと思ったんだけど外れたか」「……花火だからって理由ではデートしたりしない。夏はそんなに好きじゃないから、できるなら外ウロウロしたくない」　アカリは肩にかけた鞄を反対側の肩にかけなおすと、もう一度違うよと首を振った。「確かに、暑くて動きたくないってのは分かるな」　こうして夜の闇の中にいても分かるほどに白いアカリの肌は、彼が言うように夏は嫌いで学校の行き帰りだけしか外に出ないのかと思わせる。　それに脱色一つしていないのだろう艶やかな黒髪は、余計に肌の白さを引き立てるようだ。「確かに君って夏って感じじゃないかもな」「僕とは逆に、あなたは……」　名前を呼びかねたのか、一旦言葉を止めたアカリに、穂高は進んで自分から名を口にする。「穂高」「――穂高さんは、夏が好きそうですね」　口元に小さな笑みを浮かべたアカリの様子がどこか寂しそうな気がして、穂高はすっと一歩踏み出すと、自分よりも少し低い位置にある彼の肩に手を置いた。「夏は好きだよ。それこそ、イベントは多いし楽しいことが一杯ある。アカリくんは夏の暑さが苦手？」「……夏を好きになりたいんですけど、人ごみも得意じゃないんで……二重苦なんです」　口元に浮かべたままの笑みを少し苦いものに変え、アカリは困ったように肩を竦める。「そういうのも、まぁ、ある程度は慣れもあるしなぁ。友達とか、皆で騒ぎながら行けば楽しくない？」「全く楽しくないとは言わないけど、やっぱり、人に酔ったりすると迷惑かけるって言うか、雰囲気悪くするから」　僅かに視線を伏せたアカリは、それから何でもないように顔を上げると、真っ直ぐに穂高に視線を向けた。「どうかした？」「いえ……。ただ、凄い偶然だと思って。昨夜すれ違って、今夜また顔を合わせるなんて意外でした」　アカリはそう言うと、今度は表情を緩め柔らかな笑みを浮かべた。「昨日、本当は足を止めてちゃんと謝るべきだったんだけど、急いでいて――――。だから、今日会えてよかった」「本当に謝ってもらうことはないよ？」　何度も謝ることは無いと繰り返しながら、穂高はその分アカリの誠実さに感心してしまう。　実際に穂高が怪我をしたわけでもないし、そもそもぶつかってもいない。それなのに、こうして丁寧に謝るなんて、よほど彼は両親にしっかりと育てられたんだろう。「さっきの、友達に迷惑かける発言もそうだけどさ、君って……何かいいね」　それが穂高の素直な感想だった。「は？」　穂高は小さくクスリと笑うと、いい子だと思ったんだよとアカリの肩をポンポンと軽く叩く。「夏が好きになれたらいいって思ってるんなら、俺にちょっとだけ協力させてくれないかな？」「協力って……なんですか？」　不思議そうな視線を向けられて、穂高は小さく笑うと細い三日月が浮ぶ夜空を見上げた。「とりあえず、最終目標は花火大会を楽しめるようになるってことにして、夏のイベントに慣れていこう？」　本当は、協力だなんてたいそうなことじゃない。　新しく知り合った相手と楽しい時間が過ごしたいという、たったそれだけのこと。「袖すりあうも他生の縁って言うのかな。年も違うし、そのまま通りすがりの相手ってことでスルーしてもいいんだろうけど、何か君とは縁があるような気がするんだよね」　これじゃあ、下手なナンパのセリフのようだと思いながら、週末に会わないかと提案すれば、アカリはほんの少しだけ考える様子を見せ、それから分かりましたと頷いた。「あ、言っとくけど、別にイタズラ目的とかじゃないからさ」　アカリの顔に警戒するような色が無いことに安心して、そんな風に付け足してみれば、よほど意外だったのか長い睫毛に縁取られた目が見開かれる。　それからクスッと小さく笑い声を漏らしたアカリは、そんなことは心配していないと首を振る。「それに、僕も穂高さんとは初めて会うような気がしないから。でも、慣らすって言っても穂高さんの迷惑になりませんか？」「ならないよ。夏嫌いを克服するって言っても、一緒に遊ぼうってだけなんだし」　やっぱり気遣いを見せるアカリに更なる好感を抱きながら、穂高はこの週末どこに行こうかと頭を悩ませる。　これから学校も夏休みに入ろうというこの時期、イベントごとには事欠かない。「とりあえず、いきなりデカいイベントだときついから、ノンビリ楽しめそうなのに一緒に行こう」「はい」　今度浮かべられた笑みは今までよりもずっと明るいものだった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

闇夜でしか愛せない　４

　印象的な出会いが運命のように感じて恋愛が始まる……。　そんなことは物語の中でも現実でも、珍しい出来事じゃない。ただし、その相手が異性だったら。（じゃあ、同性の場合は何が始まるんだろ）　たった一日前、やけに記憶に残る出会いをした相手の奏でるピアノを聴きながらの食事は案外と心地いいもので、彼女の電話を受けてから――と言うか、従弟らしき人物の姿を確認し損ねてから――僅かに苛立っていた心が穏やかになるのを感じていた。けれど……。「メインもデザートも凄く美味しかったわね」　最後のコーヒーのカップをテーブルに戻した美沙子に「そろそろ次へ行きましょう」と囁かれて、一瞬、何とも言えない重苦しい気分に陥ってしまった。　一般的にはセフレと呼ぶのだろう相手とのデートで、食事の次と言えば目的地は決まっている。　けれど、この時の穂高には、何だか彼女との行為を楽しむような気持ちが湧いてはこなかった。（ひょっとしたら俺って枯れてきてるぅ！？）　さすがに二十歳の若さでそれはないだろうと笑ってみるけれど、体ではなく心の方が乾いているのは否めない。　ここ数年の穂高は、こんな風に何となくいいと思える相手とばかり付き合って、心の底から求める相手と付き合ったことがなかった。　言い換えれば欲望は満たしても、恋愛はしていないからこそ、印象的な出会いをした同性にすらトキメキを求めようとするのかもしれない。(そろそろ、頃合なのかもしれないな)　穂高は彼女から目を逸らすと、すでにプレイヤーの去ったピアノに視線を向ける。　ウェイターと隣の席の客の会話から、あのプレイヤーは『アカリ』と言うのだと、もう穂高は知っていた。「とりあえず、出よっか」　伝票を掴んでレジに向かいながら、穂高は内心溜息を吐く。　そんな穂高の心を知るわけもない美沙子は、隣に並ぶとスルリと腕を絡めてくる。(なんだろ、珍しいな)　支払いを済ませながらそんなことを思った穂高は改めて、珍しいのはこうして人前で腕を組むことだけじゃないと思い直す。　そもそも、待ち合わせて食事に来ること自体が珍しい関係の自分達――――。　そう思うと、改めて警戒心が湧いてくる。（今日はこれ以上、一緒にいるべきじゃない）　腕に押し付けられる柔らかい感蝕に、一層危険信号が点る。（マジで彼氏とケンカした？　つか、別れたから俺をセフレから恋人に格上げってことだったり……？）　穂高だって女性は大好きだ。それが、既に何度も体を重ねている相手となると、それなりに親しみだって持っている。　それでも、一番が不在になったから必然的に自分の順位が上がるというのでは面白くない。むしろ不快感が先に立つ。　それとも、自分が他の何よりも夢中になっている相手なら、棚ボタ格上げでも嬉しいのだろうか。　何でもない素振りで支払いを済ませながらも、穂高の頭はどうしてこの先をやり過ごそうかと考えている。「ね、たまには私の家へ来ない？　もう私達、お互いのことをもっと知ってもいい頃だと思うの」　細い通路を抜け、ドアに手をかけたところで、自宅に招くようなことを口にされて更なる警戒心が沸き起こる。　あまりにも今までと違うことばかりをされるから、警戒するなという方が無理なこと。　だから、穂高はこれ以上踏み込まれたくなくて首を振った。「せっかくの誘いだけど、やめとくよ。何かちょっと……違う気がするから」　具体的にどう話すか考えがあったわけじゃない。ただ、これ以上の関係が欲しいとは思えない。　店の前に駐車した自分の車にもたれて振り返れば、断られるとは思っていなかったのだろう彼女が呆然と立ち尽くしている。　ひょっとしたら、全部穂高の思い込みにしか過ぎず、彼女はずっとセフレではなく恋人になりたいと思っていたのかもしれない。けれど、このまま流されてしまうのは性に合わなかった。　きっとこのまま、彼女との関係を『セフレ』から『恋人』に変えても、穂高の心はきっと今以上に乾いてしまう。「とりあえず、駅まで送るよ」　助手席のドアを開け、立ち尽くしたままの彼女に向かって手を差し出すけれど、その手は強い力で叩かれる。「そんなことで機嫌なんてとられたくないわ！」　今夜のことだけでなく、関係を深めることを拒否した穂高の態度がよほど気に入らないのか、もう一度大きく手が振り上げられた。「……っ」　パシンと鋭い音と共に穂高の頬に痛みが走り抜ける。　その一瞬の痛みに耐えて顔を上げると、ちょうど彼女は穂高に背を向けるところだった。　きっと、こんな時は引き止めるべきだろう。それは分かっていても、今の穂高には引き止めてまでかける言葉は見つけられない。「…………はぁ」　駆け去る彼女を見送りながら、穂高は重苦しい息を吐くと助手席のドアを締め直し、運転席に回りこむ。　ちょうどシートに滑り込もうとした瞬間、カツカツと響く足音に視線を上げる。　ひょっとして彼女が戻ってきたのかと思うけれど、足音は道路の方からではなく穂高の背後からするようだった。　店の横合いから響く足音は次第に近くなり、やがて建物の角の向こう側にひょっこりと人影が浮かび上がる。　淡いブルーの照明に照らされたのは、白いベストとパンツ、そして黒の半袖シャツに身を包んだ『アカリ』だった。「あ…………」　ほんの少し驚いたような声は、間違いなく昨夜「すいません」と穂高に侘びたものと同じだった。（どうやら、よほど俺と彼には縁があるみたいだ。それに……）「昨日はどうも。アカリくん？」　ゆっくりとした足取りで歩み寄りながら、穂高は改めて彼の全身を見つめていた。　白のベストと黒いシャツ……。印象的なその組み合わせの服は、ホッソリとした体つきの彼によく似合っている。　そして何よりも大事なのは、その彼の服が昼間に見た穂高の従弟と思しき少年の着ていたものと同じものということだった。「ピアノ弾いている時は大人っぽく見えたけど、まだ高校生だったんだね」　近くにある私立高校の制服に身を包んだ彼が、穂高には誰よりも力強い味方に思えてならなかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

闇夜でしか愛せない　３

　恋人というにはいくらか情熱が足りない、けれど、ただの友達というには少し近すぎる関係の女性との待ち合わせは、彼女が行きたいというイタリアン・レストランの最寄の駅だった。　日頃、割り切ったベッドでのお付き合いばかりの彼女から誘われるのは珍しい。　本命の彼氏とケンカでもしたのかと思いながら駅の前で彼女を拾って、僅か数分のドライヴで辿り着いたのは白を基調とした四角い建物。　白い外壁に刻み込まれた「トラットリア・ポルタ」の文字が、青いライトに照らされて浮かび上がる。「美沙子さん、ここ、そんなに美味しいんだ？」「それもそうなんだけど、店内の雰囲気がとてもいいんですって」　真紅の扉を押して中に入ると、細い通路が続いていて彼女お薦めの店内の様子はすぐに見えなかった。　けれど、その代わりにＣＤではないだろう優しいピアノの音色が耳に届く。　ホールは外壁と同じく白を基調に、壁や柱にアクセントとして黒と赤が使われている。　シャープな雰囲気で纏められた店内は広く、それでいてテーブル数は少なく、隣の席を気にすることなく過ごせるようになっていた。　そして、一番目立ったものが壁に向いてセットされたアップライトピアノだった。　こういう店でピアノの生演奏はありがちだけど、客席と段差のない場所に置かれたピアノとラフなシャツ姿のプレイヤーが、いかにも気取らずにいていいのだと示すようだ。そのせいか、店内をざっと見回しても客層は若い女性が多かった。「日によってピアノだったりバイオリンだったり、違う楽器の生演奏が聴けるんですって」「ナルホドね」　女性客が多いのはそのせいかと穂高は薄く笑う。　多分、料理と店内の雰囲気以上にプレイヤー目当ての客が多いのだろう。　そう思ってピアノの前に座る男に視線を向ける。　椅子に座っているから身長は分からないけれど、少し長めの艶やかな黒髪と成長途中のようなほっそりした背中から、まだ年若い男だと知れた。「お待たせ致しました。前菜のホワイトアスパラガスのムースです」　綺麗に盛り付けられた料理が運ばれてきたのを機に視線を戻すと、目の前に座る女性までもが若きプレイヤーの背中を見つめていた。「美沙子さん、ああいうの好みなんだ？」　そんなことをサラリと訊けてしまうのは、穂高の中に彼女に対する執着心がないからかもしれない。「そういうわけじゃないわ。ピアニストってあんなに器用に指が動くのねって思って見ていたの」　ひょっとしたら、彼女にしてみれば穂高が嫉妬した上での嫌味を言ったように思ったのかもしれないけれど、元々、彼女の向こうに他の男の気配を感じている身としては彼女が誰を見ていようと気にならない。「そう？　それより、このムース一見するとデザートみたいだね」　オレンジ色のソースをかけられたムースに視線を向けると、それが不満なのか彼女の唇の端が少しだけ歪んだのが見えた。　何となく、そんな表情は見たくなくて視線を彼女から店内にスライドさせる。　何気なく通りかかったウェイターに視線を向けると、彼はプレイヤーの側に寄り、サイドテーブルに飲み物のグラスを置くと、身をかがめるようにして話しかける。「あ…………？」　グラスに伸ばされたプレイヤーの掌には、大振りのバンドエイドが貼り付けられていた。　隠された傷の位置がやけに気になるのは、ほんの二十四時間ほど前に同じ位置に怪我をした人物を知っているからだ。（まさか……）　会ったのはほんの一瞬。風のように穂高の横を通り過ぎ、螺旋通路の段差を駆け抜けていった姿は印象的で、今も頭にその時の映像が残っている。　記憶に残る横顔と同じなのかと見つめていた視線に気付いたのか、ゆっくりとした仕種でプレイヤーが振り返る。　目元にかかる黒髪がサラリと揺れ、一瞬その顔を露わにした。　鋭角的な頬のラインは大人びているけれど、凛々しいというには男臭さがまだ足りない。　穂高よりもまだ少し若いだろうその顔に、やはり見覚えがあった。印象的な出会いと再開……。（これで相手が女性なら、即恋愛だ）　ほんの数メートル先で、同じように穂高のことを覚えていたらしい彼が小さく頭を下げた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

闇夜でしか愛せない　２

　花火大会の翌日、穂高は一枚のメモを片手に車の中から一軒のマンションを見上げていた。　またしても、母親からの頼まれごとで訪れたマンションは、見たところオートロックで簡単に内部に入っていけそうにない。「さて、これからどうすっかな……」　ハンドルにもたれるようにして、前方に建つマンションを見つめた穂高の脳裏には、頼むわよ、と念を押した母親の姿が鮮明に焼きついている。　結局、酷い夏風邪のせいで寝込んでいた叔母を病院に運んだ穂高は、自分一人ではどうしようもないと母親を呼び寄せることにした。そして、今朝になって隣県から駆けつけてきた母から一枚のメモを渡されたのだ。　叔母を入院させた病院でのことだった。「何これ？　住所だよな」手渡されたメモに書かれていたのは市内にある町名だった。番地から見ると、どうやらマンションらしいその住所がなんなのか分からなくて、穂高は母親の顔を凝視する。「それはね……」　病院の廊下の片隅で、人目をはばかるように声を潜めた母が口にしたのは、叔母の別れた夫の名前だった。「お父さんとも話してたんだけど、やっぱり女にとって我が子って特別なのよ。美絵さんも以前から会いたがってたんだけど、あちらが拒絶してるらしくて」　そう言われて穂高は、年下の従弟を思い出した。　確か穂高よりも三年ほど年下の従弟は、叔母の離婚と共に会うこともなくなってもう十年近い月日が経つ。　まだ当時子供でしかなかった穂高は、叔母夫婦の離婚の理由などは理解していなかったけれど、親戚達がこっそり交わす会話の内容から、何の説明もされない唐突な離婚だったことは知っていた。「俺が今二十歳だから、アイツはいま十六とか十七くらいだっけ」　確かにその年なら、十年ぶりに母親と再会しても落ち着いて話ができる年だろう。「で、俺にそのマンションに行って連れて来いってこと？」　それは荷が重いと言えば、母はそうではないのだと首を振る。　それはあくまでも、大人のやるべきことだからと。「あちらのお父さんに内緒で連れてくるわけには行かないでしょ。だから、あんたが先に行って様子だけ見てこられる？」　マンションの近くに行って、懐かしの従弟の姿を確認してきてほしい、そうハードルを下げられて、それくらいならと頷いた。「ま、もう大学も夏休みで、バイトと遊ぶことくらいしかすること無いからね」　　そう言って、簡単に引き受けたのはいいけれど、辿り着いたマンションの前で立ち往生。　考えてみれば、様子を伺ってこいとはどれ程のことをすればいいのか分からない。　直接部屋を訪れて、久しぶりに会いたくなったと声をかけるのは、あまりにも出すぎだろう。　遠くから姿を確認して、どんな風に成長しているのか見ればいいのだろうけれど、今の顔が分からない。　知っているのは名前と住所だけ。後は、それこそ十年ほど前のほんの子供の頃の姿だけが頼りだった。「小学校に上がるかどうかの子供の顔と、高校生になった顔が同じなわけないよな」　穂高は腕に嵌めた時計に視線を落とすと、そろそろ通常なら高校の授業が終わる頃だと確認する。「せめて、通ってる学校が分かったらなぁ」　そうすれば、制服で判別することができるのに。「カタヤマヒオウくん、至急エントランスまでお越し下さいってか？」　はぁ、と溜息一つ吐いて、穂高は一旦車を下りると、何もしないよりはマシだろうとマンションのエントランスに入っていく。　二つ目のドアの手前には、住人との連絡用のインターフォンとポストがズラリと並んでいる。　カウンターに管理人の姿はなく、ただ来客用の駐車場の案内が置かれているだけだった。　誰もいないことに安心して、並んだポストのネームプレートを辿ると、目指すルームナンバーの所には「KATAYAMA」の文字。　たったそれだけのことに安堵して、穂高は肩から力を抜くと、もう一度エントランスを見回した。　そのタイミングでポケットの中の携帯が震え出す。　見知った女性の名前が表示されているのを確認して、通話ボタンを押しながらエントランスを出る。　今夜会えるかという電話に頷きながら進むと、ちょうど帰宅途中の高校生達とすれ違った。　ほんの数分だけ離れていた愛車に滑り込んでドアを閉めようとした瞬間、耳に飛び込んできたのは「カタやん」というニックネームらしい呼びかけだった。　たった今、穂高が出てきたばかりのマンションに消えていく高校生の後姿を見送って、穂高は電話中だったことも忘れ舌打ちしてしまう。「カタやんって、絶対片山だろっ」　電話に気を取られて、顔を見ていなかった自分が腹立たしい。『光陽くん？』　電話の向こう側で不振がる女性の声も、この時の穂高の耳には届いていなかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

闇夜でしか愛せない　１

　湿度を多く含んだ、やけに重たく熱い空気に辟易して穂高光陽(ほだか　みちあき)は不意に足を止めた。　小高い場所に立つマンションへと向かっていた穂高は、聞こえてくるアナウンスの声と空気を震わせる、低い打ち上げ花火の音に背後を振り返る。　向けた視線の先で赤やオレンジ、緑にブルーといった、いくつもの色彩でできた大きな花が夜空に舞っていた。　七月半ばの、まだ梅雨の明け切らぬこの日が、近隣地区の先頭を切っての今年初の花火大会。　けれど、残念なことに穂高はその美しい催しを楽しむ前に、母親から用事を仰せつかってしまった。　父の妹――――。穂高からすれば叔母に当たる女性が、しばらく連絡がつかないということなので、様子を見てくるようにと頼まれたのはつい先ほどのことだった。　大学の仲間との待ち合わせに向かう途中、携帯に連絡があったのだ。　もちろん、友達を優先したかった穂高だけれど、母に「もしも病気で倒れてたらどうするの」と言われれば強く拒否もできなかった。｢ま、確かに一人暮らしで病気とかになったら大変だからなぁ｣　自分も親元を離れ、一人暮らしをする身だから、病気の時の不便さは知っている。　まして叔母は離婚した身だから、体調が悪いと言って自分から親族に頼るのも気が引けるだろう。　甥である穂高が同じ街に住むのも、きっと何かの縁なのだろう。　それに自分だって、いつ叔母に助けてもらう日が来るか分からない。　再びゆっくりとした足取りで、螺旋状に続く緩やかな坂道を進み始めた穂高の頭上で、また一つ大輪の花が咲く。　ドーンと一瞬遅く響いた打ち上げの音に僅かに眉を顰めた時、不意にガサリと茂みが揺れた。「え……？」　上に立つマンションに行く為だけの道は螺旋状で、穂高の肩辺りの位置に次の段がある。　物音を訝しんで振り返った穂高の目に、上の段差から飛び降りる人影が映った。「……っ！？」　月と花火を背負う形になったその人影の顔はよく見えない。けれど、そのやけにほっそりとした丸みの無いシルエットから女性ではないと思われる。（なーんだ、男か……？）　一瞬そんな風に思うけれど、男としては長めの、女性だったら短いだろう髪がフワリと風に舞う姿は美しかった。　ストンと穂高の横に降り立ったその人物は、着地の衝撃で僅かに身を屈めながら視線を向けてくる。「すいません」　穂高にかけられた声は、やけに滑らかで低すぎない若い男のものだった。「いや……」　穂高が首を横に振るとその男は安心したように表情を緩め、ぺこりと一礼する。　そしてよほど急ぐのか、ほとんど動きを止めないままに再び駆け出し、通路の端に作られた柵に手を着きヒラリと乗り越える。　あっと言う間に下の段に姿を消した存在に釣られるように、穂高は思わず柵に駆け寄った。　そのまま大通りへと消えていく後姿を見送って、ホッと息を吐くと背後に建つマンションを振り返る。　実際は高層マンションというほどではないけれど、高台に建つせいで周囲の風景から浮いている感は否めない。「ここの住人かな……？」　振り返った先がちょうどマンションのエントランスだった。　このマンションの住人なら割りとよくやるショートカット。　道なりに歩くよりは、段差を飛び降りて直進した方が僅かとはいえ移動距離が少なくて済む。　今まで何度か叔母に会いにこのマンションを訪れたことのある穂高も、すぐ下にあるコンビニに行く時は同じように道の端にある柵と生垣を跨ぎ越えてこのルートを行く。「花火大会にでも行ったかな」　まだ少年と言う方が似合いそうな彼は、ひょっとしたらこれからデートだったりするのかもしれない。（まだ花火大会始まったばかりだしなぁ）　手すりに両手をついて前方を見上げれば、正面に大きな光りの菊の花。「叔母さんの具合が悪かったら、このまま今日の花火大会には行けないかなぁ」　残念だなと溜息を吐いて視線を下ろすと白い柵に違う色を見つけて首を傾げる。「赤……？　血か？」　街灯のオレンジ色の光りの下ではハッキリと色を見分けられないけれど、その部分の手すりが、錆びたせいかささくれ立っているのが気になった。「さっきの子……、怪我したのか」　どうやら柵を飛び越える際、掌を切ったらしい血が付着した部分を見つめ、穂高はもう一度彼が消えていった通りに目を向けた。　怪我をしたなら痛かっただろうに、足を止めることなく走り去った彼がやけに印象的だった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）