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セメント町は、大分県津久見市と山口県山陽小野田市に
あり、どちらも戦前からセメント産業で栄えた町で、 町の発展に貢献したということでその名前が付けられた。 大分県津久見市では、胡麻柄山をはじめとする山地の 豊富な石灰石資源と、深度が深い天然の良港である 津久見港を活かして古くからセメント産業が盛んであった。 1917年(大正6年)10月に桜セメント九州工場が開設 されたのを皮切りに、1919年(大正8年)11月に 大分セメント(後の小野田セメント、秩父小野田セメント、 現・太平洋セメント大分工場津久見プラント)、 1934年(昭和9年)に太平セメントが相次いで セメント生産を開始し、セメント産業が市の中心産業と なった。 1967年(昭和42年)4月には、セメント工場にちなんで、 工場の正門付近の地名が「セメント町」と改められた。 ただし、工場自体はこの地区の北側の徳浦から 合ノ元町にかけての地区にあり、セメント町には 社宅や寮などしか存在しない。 山口県山陽小野田市は、明治維新後、セメントを 中心とした化学・製油を中心とした工業都市として 発展した。隣接する宇部市と共に、 北九州工業地帯・瀬戸内工業地域の一角を担っている。 同市の「セメント町」は旧・小野田セメントの創業の地で ある。小野田セメントは後に合併して、 現在は太平洋セメントとなっている。また、同市には セメント町のほかにも、明治時代から硫酸を製造している 日産化学工業に由来して「硫酸町」 日本最初の火薬メーカーとして出発した日本化薬に 由来して「火薬町」という地名が残っている 日本最初の火薬メーカーとして出発した日本化薬に由来して 「火薬町」という地名が残っている お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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