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カテゴリ:明響庵月刊誌より
立冬も過ぎ、いよいよ寒くなってまいりました。
巷ではインフルエンザが長いこと流行っている模様。 ワクチンの話題も事欠かない今日この頃。 初夏の頃に新型が流行りかけた折、「緊急特別号」でインフルエンザのことに少し触れました。 しかし、初夏と現在、同じ新型ウィルスといっても、東洋医学的にはほとんど別物ととらえます。 なぜなら、東洋医学は原因をウィルスよろしく体の外にばかり求めるのではなく、体の内なる状態に重きをおくからです。 体は流れ続けて止むことのない川の如く、生きている限り常に変化し続けてゆきます。 昨日と今日では同じように見えて微妙に違う。ましてや、初夏と秋・冬、季節によって体の生理状態は大きく異なりますから、一見同じような症状でも当然メカニズムが異なり、対処法も変わってくるのです。 加えて、年齢や性別、体質といった個人差。流行していても、かかる人とかからない人、死ぬ人と死なない人が出てくるのは当然でしょう。 ともあれ、インフルエンザ。風邪強化型の趣がありますね。 風邪は万病のもと、と古より申します。裏を返すと、風邪は万病に入っていない。しかし、風邪への対処、あるいは見方を誤ると万病につながってゆく。 私的にはそういうふうに解釈しています。 インフルエンザもやはり見方が大切で。熱を出しているのはウィルスではなく、自らの体。必要があって放散している熱を無理やり抑え込んだらどうなるか。推して知るべし、です。 薬を服用して、表面的な熱は下がったけど、他の部分に痛みやこりが出た、あるいは咳、鼻水等の症状がしつこい、と訴えて来院される方は少なくありません。熱を抑え込んだ結果、身体にこもった熱が脳に集中すれば脳症となり、死につながることもあるでしょう。 多くの薬剤投与がそうですが、症状を無理矢理抑え込もうとするような治療は、虐待を想わせます。 子どもが泣くには理由があるのに、その理由を察することなく強引に黙らせようとする。理由があるから、黙らせようとすればするほど、子どもは余計泣きわめきます。 泣きわめいているうちはまだ良くて、あきらめて大人しくなるのはかえって危うい。 もし、表面的に黙らせることができたとしても、人格形成に影を落とし、成長の後、時を違えて非行や家庭内暴力などの形で再び表面化することもある。最悪の場合、親が殺されることもあるでしょう。 「子は親の鏡」とはよく言ったもので。わが子は自分の分身。 同様に、病体もまた自分自身であり、症状は自身の叫び。 多くの病気は、目を背けてきた自分自身の表れ。 癌に対しても、敵意むき出しで抗癌剤や放射線治療、あるいは手術をするのが現在の主流。しかし、それらの処置で一時的に癌は弱まるものの、後から更なる猛威を振るう、というケースが非常に多い。 果たして癌は敵か?否、癌もまた自身の一部なのですよね。 さらに、身近な肩こりも、強く攻撃的に揉まれれば、一時的には楽になる。しかし、後々更なる硬さと鈍さをもって復活してきます。そうして、更に強い刺激を求め、無限回廊をさまよう亡(盲?)者のような方も多く見受けられますね。 過剰な恐れは敵意に変わり、攻撃は反撃を招き、不毛な争いが繰り広げられる…。 自らの影に脅えるのはもう止めにしませんか? 受け入れて、よくよく観れば、自らの内に、生活の中に解決の鍵は眠っています。 近年、表面化し続ける社会問題も同じ。 華々しい経済成長の影で、目を背け続けられていた部分がしわよせの末に溢れ出てきています。もう誤魔化しの通用しないレベルまできているのでは? 政治、医療、教育…先生方にだけ任せておいて解決する問題は一つとしてありません。それぞれが内なる問題から目を背けずに、向き合って、解決を図っていくことが必要でしょう。 恐れ過ぎず、目を背けずに、向き合って! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.11.10 12:23:18
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