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パン、パーンと銃声が響いて腹部に鋭い熱感を覚えた土方は口の中に込み上げてきた血を吐きだした。
「クッ、お前達が如き田舎侍(ざむれえ)の鉛玉なんかじゃ死なねえよ」 鮮血で真っ赤になった口をへの字に歪めて兼定を大上段に振りかぶると、恐怖に顔が引きつった官軍兵を受けた鉄砲ごと斬りおろすと、頭を割られた兵の死体がゴロンと転がる。 「新撰組副長、土方歳三だ。オレの首を欲しい奴はくれてやるから、前に出てきやがれ」 出血でおぼろげになった気をふるい起して呼ばわると、 「新撰組副長土方歳三ドンの剣名は聞いちょりモス。じゃっどん、ここに我が軍の兵を殺されては日の本の国を新たに建設する人材を失うこととなり、将来に禍根を残しもんそ。手負いの貴公を相手にいたすは不本意なれど、せめてオイが刀にて尋常の立会いを致すのが武士道に叶ったる仕儀かとも思いもす。見れば、既に死するはお覚悟のようにお見受けいたす。介錯と思うてくいやったもんし。 されば、薬丸示現流 前田 兵庫助 お相手つかまつる」 「オウ、お心遣い有り難く受けますよ、前田さん。天然理心流 土方歳三 参る」 兵として野面(のずら)に屍(かばね)を晒すのではなく武士として一命を全うさせてくれる前田兵庫助の気遣いが嬉しい。 「ちぇすとーーーーっ」 最後の力を振り絞って正眼に構えた土方の脳天に前田の野太刀「三池典太光世」が斬り込まれた。 江戸は氷川の屋敷で勝海舟は山岡鉄舟と碁盤をはさんで対峙している。 辺り一面に殺気がみなぎっている。 裏庭の木戸から入って来た新門の辰五郎が、 「おっと、なんですかい、旦那がた。剣の立会いでもなすってるのかと思やあ、碁ですかい」 「オウ、辰っつあんかい。今、鉄舟ドンと真剣の立会いをやってるんだ。邪魔しねえくれ」 「へえ、へえ。だけどねえ、蝦夷の函館五稜郭が陥落(お)ちた、って話はご存じですかい」 「ついに陥落(お)ちちまったかい。榎本や大鳥圭介はどうしたい。死んじまったか」 「あいや、降伏なすって今んところは生きていらっしゃるようで」 「フン、情けねえ野郎たちだぜ、まったくよ・・・なんて、他人の事はオイラも言えねえけどな」 「土方歳三様は敵陣に斬り込んで見事お果てになられたようでガンス」 「ヒジカタ・・・おお、思いだしたぜ。随分と前のこったが、竜馬を斬るってんでえ、オレの屋敷に乗り込んできてな、斬りあいでもやらかすのかと思ったら、いつのまに意気投合したのか二人で俺ンチの酒をしこたま飲みやがった。 面(ツラ)ア役者みてえに男前だったが、眼(まなこ)にはゾッとするような殺気を含んでいてな、面妖なヤツだったけんど妙に憎めねえヤツだったなあ」 勝が抜いて吹き飛ばした鼻毛が初夏の風にのって飛んで行った。 「ご隠居、戦(いくさ)はこれで終わりましょうなあ」 「ヘン、東照権現様見てえな方がお出にならねえ限りはむりだろうさ」 勝が大きなクシャミをした。 明治の幕開け。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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