カテゴリ:歴史
博多駅前にも、飾り山が飾られています。
これを見ると、思い出すことがあります。 ここは、2014年にトムクルーズが来た場所です。 博多のおもてなしにと、早めに飾り山が飾られました。 ハッピをプレゼントされた、トムクルーズ。 ハッピ姿を、約7000人のファンの前で披露しました。 ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ さて、山笠には「大黒流」「土居流」などの「流(ながれ)」があります。 これは、豊臣秀吉による「太閤町割り」が起源だそうです。 1587年に九州平定を成し遂げた豊臣秀吉。 石田三成や黒田官兵衛に、戦で荒れた博多の街の復興を命じました。 博多商人の協力を得て、都市整備を2回に分けて行われました。 この都市整備が、「太閤町割り」です。 東は御笠川、西は博多川を境に、市街は十町(約1キロ)四方と定めました。 幹線道路を東西に3本、南北に4本走らせ、その一区画を「流(ながれ)」と呼びました。 ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~~ さらに豊臣秀吉を祭った豊国神社が、博多の豪商、神屋宗湛の屋敷跡にあります。 神屋宗湛は、大阪城の茶会で秀吉から筑紫ノ坊主と呼ばれた人物。 千利休と会席する茶人でもありました。 晩年の秀吉の側近としても、活躍したそうです。 秀吉の死後、神谷宗湛は屋敷内に祠を建てました。 明治19年、町割り300年祭を行ったときに豊国神社となったそうです。 実はこの豊国神社、私は毎朝見て通勤してます。 知らないうちに、パワーをいただいていたかもしれませんね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.07.13 08:35:55
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