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カテゴリ:真田丸
■豊臣秀次という人物をこんなに長く、そして深く描いたドラマはかつてなかった。真田一族を主役に据えたドラマで彼の生と死をこれだけ丁寧に描く必要はどこにあったのだろうか。
■偉大な父(先代)を持った息子(後継者)たちの悲喜劇というキーワードで読み取れば、武田勝頼の死から始まったこの大河の隠しテーマは脈々と受け継がれているということか。 そういえば、今回初登場の徳川家康の後継者もまたなんともぼんやりとした頼りなげな青年に見えた。 ■秀次のそばにもう少し前から信繁ではなく信幸が控えていたら、彼の苦悩も幾分和らいでいたのではないか。振り回されているのは自分だけでない。こんなにないがしろにされ続けている人もこの世にはいるのだと。 ■所詮、器じゃなかったと振り返られる人は哀しい。ではどんな器が適切なのかを見定めるのも先代の役目というのなら、ルソンの町に捨てるほど転がっている壺を大枚はたいて買い求める太閤にはやはり見る目がなかったということか。 ■南蛮の神の母親。そうか、聖母マリアのことがそう呼ばれていた時代の話なんだな。登場人物がみんな標準語で、誰もが自分の周りにいる誰かさんのように見えたり思えたりするから、何百年も前の話の様な気がしないところがある。 ■あの絵を託された長澤まさみがキリスト教に興味を持つのはすごく必然に見える。今はまだ鬱陶しいだけの聖母かもしれないが、いつか必ず主人公の心を癒す存在になるのではないかと思われ。それにしても今回の信繁の仕打ち(正室・側室一度にゲット!)は彼女にとっても受難に他ならず。 ■私もどちらかといえば人の目を見て話をするのは苦手なタイプだが、面白い形の鼻を持った人が相手なら、それを見て話をしてしまうことはあるかもしれない。でも、あの面相、公家顔と言われればそう見えなくもないが、本当に経歴詐称の疑いがあるのなら、佐助あたりがもうとうに調べているに違いない。 ■病気がちだったはずのおこうさんが今の職についてから俄然元気になっている。彼女も色んなものに振り回されたクチだが、稲に対する時の物言いの厳しさは重そうな着物を着ていた頃の彼女には到底見えない。引き分け、いやむしろ勝っている。 PS ■実は「黄金の日日」の熱心な視聴者ではなかった。なぜなら同じ時間、別のチャンネルでかかっていたドラマが倉本聰の「浮浪雲」だったから。渡哲也の雲、桃井かおりの亀、笠智衆の渋沢老人。全盛期の倉本ドラマは私にとって市川森一作品より優先順位が上だった。ただあの大河に川谷拓三や室田日出夫など倉本常連組が出演していたことはずっと気になってはいた。というわけで松本幸四郎の時を超えた再登場に特別の感慨はない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016/07/18 01:50:37 AM
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