近代的な銀行を世界で最初につくったのはヴェネティアの人たちである。
ヴェネツィアには大きな運河がS字状に流れている。これはカナル・グランデと呼ばれている。
ここには終着駅のサンタルチア駅の目の前にあり歩いてすぐのスカッツィ橋,一番下流側の近く同名の美術館がそばにある木製のアカデミア橋,そしてこの二つの橋の中間に有名なリアルト橋が架かっている。
リアルト橋を東から西に渡ってすぐ右手にある教会,大きな時計がファザードに備えてあるサン・ジャコモ・リアルト教会がある。この裏手には果物や野菜,魚介類を扱う市場が朝から賑わっているので,気付かずに前を通った観光客もいるだろう。
写真の通り,この教会の入り口前は屋根のある外廊になっている。ここはかつての銀行街と言っていいだろう。もともとリアルト橋界隈は商取引の中心地であったのだから,ここに銀行街ができたのも当然と言えば当然なのである。常時四,五人の銀行家が帳簿を載せた机を前に座っていたのである。そうです,ちゃっかりと教会の前にですね。
さて,それまでは銀行といっても「両替」によって手数料を稼ぐ商売だったのだ。あるいは金貸し業であった。だから銀行は金貨,銀貨を山積みにした店構えだったそうだ。ところがここで始めたのは近代的銀行業である。机の上にあるのは帳簿だけ。ここで扱う地理的な範囲はイギリスのロンドンからエジプトのカイロまで。商取引を終えた商人たちは誰もが複数の銀行に口座を持っていて,誰それの口座にこれだけの金を移して欲しいと伝えるのである。手続きはそれだけ。それで安全確実に金が動いたのだ。為替手形によって遠方の地での支払も可能にしたので,商人はそれまでのように金貨や銀貨を持ち歩く必要から解放された。どこかで奪われるなどといった危険もなくなったのである。
さて,私は空港で円をユーロに交換するなどしたが,クレジット・カードが使える場合は現金の代わりに利用することが多い。このようなカードの利用がいつからできるようになったのか,これは歴史的には「つい最近になってから」と言うのが私の実感だが,やはり便利な世の中になったものだと思う。この「便利」という気分を,かつてのヴェネツィアを舞台に商業を営んだ各国の商人たちは,この近代的な銀行業のスタートで味わったはずである。