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前回の続きから話を始めよう.
シャロンはイスラエルとパレスチナの間の和平に向けた努力をぶち壊し(2000年9月),暴力の連鎖をエスカレートさせた.そしてイスラエルはパレスチナに対し,したい放題のことをした. 2001年の1月にはブッシュが米国の大統領になった.一方シャロンはパレスチナによる暴力を口実に,それと戦う姿勢を最大にアピールして,イスラエル国民の支持を拡大した.そして 2月には,シャロンはイスラエルの首相になった. イスラエルはほとんど一方的にパレスチナ人を弾圧した.パレスチナ側の被害は,もう誰も黙視できないほどに絶望的だった.そして2001年9月,あの9.11の事件が起こった. 9.11の犯人はオサマ・ビンラディンだと言われる.だとするとビンラディンの動機は何だったのだろうか.米国への宣戦布告? 自分たちはこの程度のことはできるんだぞという脅迫あるいは示威行為? それにしてもビンラディンは米国に何の恨みがあったのだろう. 何の恨みか? 当時の世界情勢を振り返ってみると,すぐ思い当たるのがパレスチナ情勢である.ビンラディンはイスラエルによる暴力をやめさせたかったのだ.だからイスラエルの背後に控える米国を攻撃したのだ.そのように解釈することも可能である. しかし,米国を攻撃して,それでイスラエルがパレスチナ攻撃の手をゆるめるか? ありえない話だ.米国に攻撃ないし示威をしかけて,何か実質的な成果を期待したのだとしたら,まことにお粗末な戦略と言うしかない. 一方,9.11はイスラエルにすれば歓迎すべき事件であっただろう. 当然ながら,パレスチナ情勢にアラブ諸国の関心が高まっていた.当時イスラエルが最も恐れたことは,アラブ諸国からの干渉ないし攻撃だったのではないか.特に軍事力のあるイラクからの奇襲攻撃は,最も警戒すべきことだったのではないだろうか. 9.11の事件が起こったとき,ブッシュ米大統領は「これは戦争だ」と言った.そしてアフガニスタンへの爆撃を開始した.そして,そのまま戦火を拡大し,イラク戦争へと突き進んだ.しかし,なぜイラクなんだ? このときブッシュやラムズフェルドが口走った「戦争の理由」を憶えているだろうか? いわく,「イラクは大量破壊兵器を所有している」. そう証明されたわけではないが,そういう恐れがあった.それは,いみじくもイスラエルが当時最も恐れていた「可能性」であった. 憶測に憶測を重ねて,以上のようなストーリーを考案?してみました.9.11とはどういう事件だったのかを理解するための,さまざまな試論の1つぐらいに考えてください. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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