短編小説
『縋りたいその胸に・・・』急に降り出した雨の中にポツンと立っている奈々。「私のこと好きだったんじゃないの?」自然と出てきた言葉。その言葉を呟いたのかどうかも、自分では覚えていない。走馬灯のように、達也との思い出が胸を過ぎる。先刻、いきなり達也に別れを告げられた。奈々の心は今、冷え冷えと冷め切っていた。「別れよう、奈々。 俺はお前とは一緒にいれない」そう言って、達也は去って行った。何も解らなかった。何も解ろうとはしなかった。だって、現実を受け入れてしまえば、全てが現実になってしまうと思ったから。でも、今思えばそれは現実なんだと・・・降り出した雨が教えてくれた。「雨が冷たい。 そう言えば、もうすぐクリスマスなんだよね。 今年も達也と過ごせると思っていたのに」奈々は、去年達也に貰った指輪を見て、涙を流した。自分でもこんなに悲しいとは思わなかった。そして、唐突に別れが来るとは予想もしていなかった。ただいつもと同じ日が過ぎていくのだと、信じて疑っていなかった。悲しくクリスマスのイルミネーションが、奈々の涙を包んでいた。「こんなにも、涙が流れてくるなら付き合わなければ良かった。 好きで好きでたまらないのに、もう会うこともできない」自分で言った言葉が、胸に刺さる。寒い。身体も心も寒い。達也がいつもそこにいて暖めてくれていたから。私は、達也に甘えすぎていたのだろうか?奈々は、数時間そこに座っていた後、雨のやんだ夜空を見つめてただ一言。「これが現実なら受け入れるしかないよね」そう言って、はめていた指輪を放り投げた。悲しみは拭いきれないけれど、ここにいても始まらない。そう思ったのかもしれない。「もう達也なんて『大嫌い』だよ」にっこり笑って奈々は立ち上がって家に向かって歩いて帰っていった。大好きな人との別れ、寂しさに支配されていた奈々。誰かの優しさに包まれたい。ただそう願っていたのかもしれない。家についた奈々を出迎えてくれたのは、ただの闇。真っ暗な闇が、また奈々の心を冷たくさせる。吹っ切れたはずの寂しさと悲しさが、またこみ上げてくる。「どうしてなの・・・ねぇ、どうしてなの!! わかんないよぉ。 私のどこがいけなかったの? 誰か私に何か言ってよ」そんなことを一人叫んでいても、何も答えは返ってこなかった。そして一人泣き疲れて眠っていると、誰かから電話がかかってきた。奈々は電話の受話器を取ると、覇気のない声で「もしもし」と答えた。その電話は、奈々の母親からだった。「もしもし、奈々? なんか声に元気がないわよ。どうかしたの?」その一言で奈々は、崩れ去った。母親の優しい声に包まれて、泣き続けた。縋りたい、今会いたい。その胸に飛び込んでいきたい。そんなことを奈々は考えていた。「おか・・あさん。私、お母さんのこと大好きだよ」その言葉を聞いた奈々の母親は、何かあったのだと察して、泣き続ける奈々をそっと癒し続けた。切れない絆。それはきっと親子の絆なのかもしれない。奈々は全て、母親には話さなかった。けれど、ただ誰かに頼れたことで元気が出てきた。「もう、前に進むしかない」そう言って、奈々はまた元気に明るい空の下へと歩き出した。