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Pastime Paradise

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Heavenly Rock Town

2014.10.22
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
 「悪魔っていうかさ、俺はずっとこの霊界に居続けることになったんだ。君やベンがやがて地上に戻ることになっても、俺だけはここに留まって君達の転生を祝福して見送らなきゃならない」
 何十年、何百年と先の話であるにも拘らず、リッキーはまるで明日にでも皆と離れ離れになってしまうかのように沈鬱な表情を浮かべた。ここは刺激がなくて退屈な世界だ、なんて言ってたリッキーがまさか残留することになろうとは。そりゃあ心も沈むだろう。もしリッキーやベンがいなくなった後も私だけここに留まり続けなければならないなんてことになったら、どんなにつまらないことか。寂しさのあまり、この崖からダイブしてしまうかもしれない。
 「悪魔になれっていうのがルーファスとの取引だったの?」
 ルーファスは天を構成する諸諸の神々の一人である堕天使・ルシファーの孫にして、この街の支配者だ。悪魔になるということは、やがてリッキーもルーファスのように仄かに身体が光ったり、空を飛んだり、人の心を覗けるようになったりするのだろうか?いや、そんなことよりも――。
 「ルーファスが申し出た取引っていうのは、ずっとここにいてこの町の支配者になってほしいということだった。俺は生まれ変わってもう一度帆船で海に出たいからって断ったんだけどね。じゃあその願いは叶えてやるから次期支配者になってくれって」
 「次期支配者…。いずれはリッキーがこの町を支配するってこと!?」
 「ああ、結局彼に押し切られてさ、今はまだ使いをやっているルーファスが正式な天の一員になったら次は俺に任せるということになったんだ。まぁ彼にしてみれば後任なんて誰でもよかったんだよ。俺がたまたま一番近くにいたもんだから頼まれただけで」
 とリッキーは謙遜したものの、ルーファスがリッキーにどれほど厚い信頼を寄せているかは、二人の交わす言動から十分見て取れた。それにしてもまさかリッキーがこの町の次期支配者だなんて……。あ、それで近頃イアン店長と熱心にこの町の仕組みについて語り合っていたのかしらん。
 「だからこの先、もし俺に何かあっても驚かないでほしいんだ。万が一、君と離れることになっても。俺は――今迄もこれから先も、どんな時でもキオのことを想っているよ」
 以前私の心がビーチャに傾いた時、寝たふりをしていた私の背中に優しく語り掛けてくれた言葉をリッキーは再び口にした。あの時とは違い、今度は私の瞳を見ながら真剣な面持ちで。
 「私もリッキーのことをずっと…。初めて会った時からずっとずっと想い続けてる。だけど…」
 「だけど?」
 「だけど…あの…リッキーはその…女性には興味が…」
 私は俯きながら蚊の鳴くような声で、この五年間ずっと胸に秘めていた二つの思いを初めて打ち明けた。彼の穏やかな口調に誘われて、つい彼がゲイであることにまで触れてしまったが。
 「確かに俺は女性に興味がないけどさ」と、リッキーは苦笑しながらも
 「キオは他の女性とは違う。君のことは心から大切にしたいと思ってる。ただこれが異性に対する恋愛感情なのかどうかは、正直なところ自分でもまだ曖昧なんだ。だからもう少し時間が欲しい。キオ、俺はいつの日かきっと君を愛せるようになる」
 きっぱり言い切ってくれた。寝たふりをした翌朝、リッキーは私を抱き寄せて“俺はいつの日かきっと…”と言い掛けて言葉を呑んだが、昨年のあの日から今日までの間にどんな心境の変化があったのだろう。リッキーを信じ続けて本当によかった。リジーの言ったとおりになりそうだ。
 「有難うリッキー、本当に嬉しい。私待つわ、いつまでも待つわ」
 他の誰かにあなたが振られる日まで――いやいや、そんな昔の流行歌の歌詞みたいに重くて暗い気持ちじゃなくて、リッキーが女性を愛せる日がくるまで何年でも待ち続けてみせる。幸いなことにここでは何年経とうと肉体が衰える心配がないので、待っている間に皺やシミが!などと老化現象に怯えることもない。
 「ドモアリガト、キオサン」
 リッキーには会話が甘くなってくると何故か怪しげな日本語を使うというヘンな癖がある。照れ隠しなのかもしれないが、いつもこれで話を有耶無耶にしてしまうのだ。
 「じゃあそろそろ帰ろうか」
 「うん。アパートメントで留守番をしている三人にリジーの近況を報告してあげなきゃ」
 先に立ち上がったリッキーが私の手を取り軽く引っ張ってくれたおかげで、楽に起き上がれた。私達はそのまま手をつないでデッドの家へと歩き出した。これからはこうして二人で一緒に第二の人生を歩んでいけるのだ。リッキーへの悪魔の誘いが二人を別つまで。

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Last updated  2014.10.22 02:24:43
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2014.08.31
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 元々は酒やドラッグに溺れて死んだ者達を隔離して収容するために作られたというちっぽけなこの町は、天国と地獄の間に存在する無数の町のうちの一つで、地上で例えるならば位置的にはアフリカ大陸南西部の先端にある南アフリカ共和国のケープ半島か、もしくは南米最南端のティエラ・デル・フエゴのようなところであるが、感覚的には中華人民共和国の特別行政区にあるマカオ半島の方が近いような気がする。とはいえ私の22年の短い生涯の間にマカオへ行ったことなど一度たりともなかったのだが。勿論、アフリカ大陸や南米についても同様である。
 「この町の最果てって…喜望峰みたいなところなの?って言っても喜望峰がどんな所なのかは知らないけど」
 「んー、喜望峰というよりもホーン岬のような感じかな。まぁ俺も実際チリに行ったことはないけどね」
 ティエラ・デル・フエゴの最南端にあるホーン岬は一年中強風が吹き荒ぶ裸岩の断崖で、まさに最果てという感じの荒涼とした土地だ。リッキーと一緒ならば行き先などどこでもいいとは思うものの、何を好き好んでそんな心寂しい場所へ連れて行ってくれようというのだろう?
 南野駅に一旦戻ると、リッキーは駅舎の片隅に設置されてある昔風の黒電話の受話器をガチャリと持ち上げた。どこかと直通になっているらしく、彼は二人でこの町の最果てに行きたいとだけ伝えると静かに受話器を戻した。
 「じきに迎えが来るはずだよ」

 リッキーと他愛ない話をしながら待つこと暫し、一台の黒塗タクシーが駅の前に停車した。ボーナやポール・ハックマンが乗っているのと同じAustin TX4、通称ブラックキャブだ。
 「やぁデッド、また頼むよ」
 リッキーが助手席の窓から運転席に向かって手短に声を掛けると、運転手の若者は素っ気無く「乗りな」とだけ答えた。
 私達を乗せたブラックキャブは一路町の南端へとひた走る。ボブの広大な麦畑を越え、殺風景な荒野に差し掛かった辺りで運転手が前を向いたまま徐に口を開いた。
 「今回も死にに来たんじゃなさそうだな、リッキー」
 「ああ、俺は訳あって死ねないからね。キオ、紹介するよ。彼はデッド、最果ての地の番人さ」
 ノルウェーのブラックメタル・バンド、Mayhem(メイヘム)のヴォーカリストだったスウェーデン生まれのデッド(Dead)ことペル・イングヴェ・オリーン(Per Yngve Ohlin)は、少年時代の臨死体験が元で死に魅了され続け(“自分は既に死んでいる”と思い込むコタール症候群だったのではないかとも言われている)、91年4月、22歳にして遂にナイフで自らの首と手首を切り裂き、頭をショットガンで撃ち抜いてこの町へとやって来た。デッドの自殺体写真はアルバム「Dawn of the Black Hearts」のジャケットに使用されているという。
 番人・デッドの車は寂莫たる荒野にぽつんと建つ心寂しい一軒家の前で停まった。どうやらここがデッドの自宅兼営業所らしい。私達を先に車から降ろしたデッドは、ブラックキャブを慣れたハンドル捌きで素早く車庫に入れてから私達の元へと戻ってきた。
 「お嬢さんは見たところ然程俺と歳が変わんねえようだけど、ひょっとして自らこの町へ来たのかい?」
 デッドは私に冷たい眼差しを向けた。
 「いえ、5年前に自動車事故で」
 「そうか、ならば安心だ。だけどそれだったらここの景色はあんまり心に響かないかもな」
 「それはどういう…?」
 「リッキーは例外として、ここの断崖に引き寄せられて何度も来るってのは何故か自ら命を絶ったヤツばかりなのさ。イアンにカートに…そういえばマイケルもつい先日また来てたな」
 「イアンってもしかして」
 リッキーがコクンと頷いた。
 「そう、君のよく知るイアン店長だよ。俺を初めてここに連れて来たのもイアンなんだ。以来どういう訳かここが気に入ってね。ベンとも来た事があるんだけど、彼はあまり興味がなさそうだったよ」
 カートというのはおそらくニルヴァーナのヴォーカルだったカート・コバーンのことだろう。でもってマイケルはマイケル・ジャクソン…じゃなくてマイケル・ハッチェンスあたりかな?
 豪州のロック・バンド、Inxs(インエクセス)のヴォーカルだったマイケル・ハッチェンス(Michael Hutchence)は97年11月、37歳で自らこの町へやって来たという。世界で最もセクシーな男と呼ばれていた彼が、こんな寂しげな場所に幾度も足を運んでいるのか――。

 リッキーに連れられてやって来たこの町の最果ては、下を見ると足が竦むほどの断崖絶壁であった。そこはまるでノルウェーのプルピット・ロックのように突き出た崖になっており、私達はごろんと寝転がって崖からの風景を、崖の下に広がる雲海の隙間から覗く不気味な漆黒の闇の世界を無言で眺めていた。
 「何だかじっと見てると闇に吸い込まれそうになって怖いね」
 私は崖の下を眺めるのをやめ、上体を起こした。デッドの言葉どおり、そこまで心に響く風景でもないように思える。
 「実際にここから飛び降りちゃう人も少なくないんだ」
 リッキーは寝転がって崖の下に目を遣ったまま、怖いことを口にした。
 「ホントに?飛び降りたらどうなるの?やっぱり死ぬの?」
 「いや、もう既に死んでるからそれはない」
 「だってさっきあの人がリッキーに、死にに来たんじゃなさそうって言ってたけど」
 「あれはただの冗談さ。何でもここから身を投げた人は落下途中で天に見つかって、最も辛い地獄に落とされるそうだよ」
 「辛い地獄って【Eastern Fighting Land】みたいな?」
 私の嘗ての恋人・倉橋君のいる“東の戦闘島”は男達が戦闘を繰り返しながら暮らしている永遠の戦場であり、大罪を犯した人間が行き着く場所に相応しい、身も心も斬り苛まれる苛烈な町だとルーファスが言っていた。
 「ん…。この世界へ来た人間はね、生前の行い等によって変わるけど何十年か何百年かしたら転生することになってるんだ。君もベンもいつかまた姿を変えて地上へと戻る。だけどここから身を投げたりして命を粗末にした人達は永遠にこの霊界に留まって、その最も辛い地獄で天の責苦を受け続けるのさ」
 「仏教でいうところの無間地獄みたいな感じね」
 そっか、ここでの生活が永遠に続く訳じゃないのか。いつの日か遠い遠い先にはリッキーとも別れなくちゃいけないんだ…。でもそれまで何十年、何百年かは一緒にいられるってことで――。
 「ところでキオ、以前ルーファスが俺に取引を申し出たって話を覚えているかい?」
 ここにきてようやくリッキーも上体を起こし、私達は座ったまま向き合った。
 「うん。プレスリー元町長とジミーが起こしたトラブルの時にルーファスがそのことを言い掛けたけど…」
 ルーファスは取引内容を私達に話そうとしていたけど、リッキーがいつか必ず自分から伝えると言って話を遮ったのだった。
 「実は俺、悪魔になるんだ」
 えええええ――――――――――ッ!????? ちょ、ちょっと唐突に何言いだすのォォ!? ショック

mayhem.jpg Per Yngve Ohlin (January 16, 1969 – April 8, 1991) デッド
michaelhutchence.jpg Michael Kelland John Hutchence (January 22, 1960 – November 22, 1997)






Last updated  2014.09.01 01:42:56
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2014.05.02
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 農場主のボブ、情報管理センターで不正を働いた罰としてボブの元で働いているジミー、恋人であるジミーを追って来たリジーの三人と共に私達を出迎えてくれた野良着姿の男性は、あの世界的に有名な英国のロック・バンド、クイーン(Queen)のヴォーカルだったフレディではないか!
 フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)ことファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara)は91年11月、45歳にしてAIDSによる肺炎でこの町へやって来た。フレディ、リッキー、ジミー、他にも情報管理センターでジミーの上司だったシー、NOMI RECORDSのオーナー・クラウスと、彼の元で働いているジョブライアスことブルース。彼等は皆、80~90年代にAIDSでこちらの世界へ来ている。今では医学の進歩によってHIVに感染もしくはAIDSを発症しても、薬を飲み続けるなど適切な治療を継続すれば普通の生活を送ることが可能だというのに…。心から気の毒に思う。
 「久しぶりだね、フレディ!でもまたどうしてここに?」
 「よォ、リッキー。ボブから今日はお前が顔を覗かせに来るって聞いてよ、一緒に待ってたんだ。今度は俺んとこの農場にも遊びに来いよ」
 クイーンとThe B-52'sの繋がりといえば、85年1月にブラジルで行われたロック・イン・リオ(Rock in Rio)で同日に演奏している。また、ボブ・マーリーとThe B-52'sはアイランド・レコードのブラックウェル氏(Chris Blackwell)が所有するバハマ・ナッソーのコンパス・ポイント・スタジオで同時期にレコーディングしており、二人ともリッキーとはあちらの世界にいた時から面識があったようである。
 「有難うフレディ、是非伺わせてもらうよ。ボブ、君には無理なお願いを聞いてもらって、本当に感謝している。ジミー、ここでの生活には慣れたかい?リジーまで来ていたのには驚いたけど」
 リッキーは男性三人それぞれに声を掛け、握手を交わした。そして
 「やぁリジー。こっちに来てたんだ。君が急にいなくなったものだから、アパートメントの連中は寂しがってるよ」
と、リジーにも声を掛けた。
 「ふふッ、意外とお世辞が上手いのね。短い間だったけど私も楽しかったわ」
 彼女はリッキーに近寄り、頬に軽く接吻した。二人は以前、愛情は伴ってなかったものの濃厚なフレンチキスを交わした間柄である。
 「リッキー、あの節は御迷惑をお掛けして本当にすみませんでした。何であんなことをしてしまったのか…自分の馬鹿さ加減が情けないです。頭を冷やすつもりでここに来ましたが、ボブに色々教わりながら自然と共に暮らしているうちに農夫生活にもすっかり馴染んできました」
 「大欲は無欲に似たりって言うだろ、欲に目が眩むと自分自身が苦しむことになるぞ。それにしてもすっかり逞しくなったね、ジミー。以前より生き生き…いや、活き活きして見えるよ」
 「ええ、何だかここでの生活が性に合ってるみたいで。この先もずっとここで暮らして、行く行くはリジーと一緒に小さな農園でも営めたらいいな、と思ってるんです」
 ジミーがリジーに視線を向けると、リジーも微笑みながら頷いた。嗚呼、何て素敵な二人なのだろう。私もリッキーと互いに愛し合い、信頼しあい、支えあえる日が果たして訪れるのだろうか?
 「まぁここが気に入ってくれたのは嬉しいことだが、奴らは毎日この調子だから敵わんよ、全く。尤も恋人連れのアンタに愚痴っても仕方ないがな」
 ボブは口調こそ呆れた風であったが、ジミー達の仲睦まじさを父親のような温かい眼差しで見守っている。
 「ホント、羨ましい限りだよ。あ、彼女は同じアパートメントに住んでる子でね、今日は社会科見学も兼ねて一緒に来たんだ」
 「高崎樹央です」
 私はボブとフレディに向かって軽く頭を下げて挨拶した。ジミーとも今日が初対面ではあったが、彼の顔は以前から知っているうえ時々話題に上ったりもしていたので、すっかり知り合いの気分で挨拶し忘れてしまった。

 ボブの家で呼ばれた昼食は格別だった。こんなに美味しい食事が毎日食べられるのであれば、ずっとここに居たくなるのも当然かもしれない。
 食事が終わって男性達がダイニングルームで昔話に興じている間、リジーと私は台所で後片付けをしていた。せっかく彼女と二人きりになれたことだし、是非ともあのこと――ゲイのジミーとどうやって深い愛情で結ばれたのか?――を尋ねてみたいのだが、こんな繊細な話題についてどう切り出せばよいのかが分からず、諦めかけたところで
 「ねぇ、正直なところ、あなたとリッキーってどういう関係なの?」
と、逆にこっちが質問されてしまった。
 「どういう関係って…。リッキーは私の世話役且つお隣さんで、いつも面倒を見てもらってて…」
 「それは分かってるわ。あなた、リッキーと寝たの?」
 「えッ!? ま、まさかそんな。そんなことあるわけないでしょ。だってリッキーは…」
 何というどストレートな剛速球を投げてよこすのだ。そういえば彼女は面と向かってリッキーを悪魔呼ばわりしたことがあったっけ。良くも悪くも真直ぐな人なのだろう。だけどまさかリッキーがゲイだから、なんて第三者に軽々と言えるわけがない。それでいて私はゲイのジミーと彼女の関係を聞きたくて仕方がないのだから、我ながらつくづく質が悪いと思う。
 「リッキーは、何?」
 「い、いや、何でもない。とにかく彼とはそういう関係じゃなくて――」
 「ふーん。あなたはこの先もずっとこんなあやふやな関係でいいの?」
 「……」
 いいわけがない。だけど彼は以前、ベンとの会話で女性を愛せないと明言したのだ。
 「あのね、私も好きになった人がゲイだったの。だからあなたの心情は分かってるつもりよ」
 リッキーがゲイだって知ってたんだ。知っててハニートラップを仕掛けようとしたのかしらん。それはともかく、何だか話の流れが上手い具合にこちらに向かってきたような…。
 「でもあっちの世界でゲイだった人が、こっちの世界でもゲイだとは限らないのよ。それはストレートでも同じこと。自分はゲイだとかストレートだとか思い込んでるだけで、ここの人達っておそらく皆バイ(両性愛)だと思うの。んー、バイというよりパンセクシュアル(全性愛)の方が近いかもね。だからふとしたきっかけで案外どちらにでも簡単に転ぶみたい」
 そういえばリッキーが女性を愛せないと明言したとき、ベンは“ストレートの俺が一時本気でお前に惚れちまったみたいに、ゲイのお前だって女に惚れることもある”と力説していた。もしかするとリジーの言うとおり、この世界では同性愛と異性愛の垣根がかなり低めに設定されているのかもしれない。ってことは私も何かの拍子に女性に恋したりして!?
 「一体どういうきっかけがあれば、リッキーも転んでくれるのかなぁ?」
 リジーの言葉に釣られた私は、つい本音を口にしてしまった。
 「さあ、それは当人じゃないと分からないわ。彼は一筋縄では行かないだろうけど、あなたの熱情に負けてそのうちコロッと転がる日が来るんじゃないかしら」
 「そんな日が本当に来てくれるといいけど」
 「大丈夫、必ず来るわよ」
 そう言いながら額に軽く接吻してくれたリジーの色気と優しさに、私も思わず惚れてしまいそうになった。

 私達はまた近いうちに再訪することを約束し、ボブの家を辞去した。
 「何だかさっきから随分嬉しそうだね」
 「うん。私、リジーのこと誤解してたみたい。話してみると凄く素敵な人だった」
 「全く以てジミーは果報者だよ。ところで俺の用件は済んだけど、キオもどこか行きたい所とかある?」
 「特にはないけど…」
 リッキーと一緒にならば、どこでもいい。こうして麦畑の脇をぽくぽくと歩いているだけでも十分楽しい。
 「じゃあそうだなぁ、せっかくここまで来たんだからこの町の最果てに行ってみようか」

freddie.jpg Farrokh Bulsara (September 5, 1946 – November 24, 1991) フレディ・マーキュリー






Last updated  2014.05.02 01:03:28
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2014.04.15
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 私達を乗せた南北線は10時20分に中央駅を出発し、南へ向かって走り出した。よく景色が見えるように、と私を窓側席に座らせてくれたリッキーは通路側席に、私の真横に腰掛けている。並んで歩く時にはありありと感じる身長差が、座るとあまり感じられなくなるのは情けないやら悲しいやら。
 市街地を抜けると、いきなり工場群が目に付く。この町の住人には全員就労義務があるため、その受皿となる町営工場が立並んでいるのだ。モナコ公国並みに小さく、飲んだくれミュージシャン達の寄せ集めでしかない町ではあるが、それなりに工業も盛んなのである。この町のいいところは建前でなく実際に職業に貴賎がなく、ブルーカラーだろうがホワイトカラーだろうが、人を職業で判断したりはしないところだ。誰もが自分に課せられた社会的役割に対して最善を尽くそうと、日々の仕事に励んでいる。尤も職場に於ける上下関係等により、例えばリッキーのように高い地位に就いている人は尊敬されたりもするだろうが。
 車窓からの眺めに見入る私の横で、リッキーがこっくりこっくり船を漕いでいる。日頃の激務で余程疲れが溜まっているのだろう。人柄そのままに、寝顔も実に穏やかだ。またしても大好きな帆船で海原を疾走する夢でも見ているのかもしれない。
 電車がカタンと軽く揺れた拍子に、リッキーが目を覚ました。
 「ゴメン、いつの間にかうとうとしてた」
 「何だか気持ちよさそうに寝てたから起こすのに気が引けちゃって。南野駅はまだよ」
 「よかった。だけどホラ、窓外に麦畑が広がってるだろ。この辺り一帯がボブの農園さ。間も無く駅に到着するよ」
 リッキーの言ったとおり、南北線はすぐさま南野駅に停車した。南野駅は豪奢な中央駅とは打って変って粗朴な田舎駅なのだが、何と無く郷愁にかられてしまった。
 澄み渡る青い空。大空を自由に泳ぐ白い雲。頬を優しく撫でていく清爽な風。風に揺れて波打つ麦畑。嗚呼、これで小鳥の囀りでも聞こえたら最高だ。だが残念ながらこの世界には人間以外の動物はいない。思考を持たない動物達の霊魂は、死後解体するため霊界には来られないのだ。
 「私は田舎育ちだから、こういう所に来るとホッとしちゃう」
 「そういえば前にキオの故郷は桃の産地って言ってたね。俺の所もそうだけど」
 「うん。桃で有名な所だったの。但し私が住んでいた地域では栽培されてなかったけど。うちのすぐ裏は大きな川の下流でね、少し南に行くと海に繋がってた。毎日部屋の窓から川を眺めてたわ。子供の頃はよく友達と一緒に川で貝を拾ったり魚を釣ったりして遊んだものよ。冬場は夜になると白魚漁の集魚灯が川面に映えて綺麗だった。リッキーも家の裏が湖で、ボートを楽しんでいたんでしょ?」
 「ん?ああ、80年ぐらいだったかな、バンドのメンバー達と共同出資して湖畔に建つ家を購入したんだ。でも地元の人達と揉めちゃって、結局3年足らずでマンハッタンに引っ越したんだけどね。もう一度水辺に住んで、思う存分ボートに乗れると嬉しいけど、この町には残念ながらそういう所はないんだよなぁ」
 私達は故郷や子供の頃の話に花を咲かせながら、田舎道をぽくぽくと歩いた。歩きながらふと、ある曲の歌詩の一部が私の頭に浮かんだ。“The friends that have walked on before us are waiting to take us to laughter and dancing. The friends that have walked on before us are waiting to take us to the sky.”
 リッキーがこの世界へ来た数年後、The B-52'sは「Dreamland」という曲を作った。バンド仲間で、リッキーの学生時代からの親友でもあったキース(Keith Strickland)曰く、この曲は向こう側(彼岸側)に行ってしまった人に対するラヴソングである、と。リッキーが夢に現れて、何だかそれがとても心地よかったんだそうな。キースの前を歩き続けた友人は、今もこうして夢の国の田舎道を暢気に歩いている。
 「ふふふ、リッキーってホント、歩きっぱなしね」
 「?」

 ボブの邸宅が麦畑の向こうに見えてきた。町中の集合住宅と比べると、随分と立派な一軒家だ。
 「ねぇ、リッキー。あのボブの大きな家もやっぱり町営住宅なの?何だか一軒で私達の住んでるアパートメント分ぐらいありそうだけど」
 「勿論そうさ。農業従事者はこの町にとって最も重要な仕事に就いているわけだから、色々と厚遇を受けられるようになってるんだ。大変な仕事だし、当然だと思うよ。そういえば『ユートピア』ではね、農業は男女の別なくユートピア人全般に共通な知識となっていて、子供の時から教え込まれるだけでなく、都市の近郊に遊びがてら連れ出されて実際に体験して習得するんだって。農業は人が生きていくうえで…まぁ死んでからもそうなんだけど、根幹となる仕事だからね」
 やっとボブの家に辿り着いた私達は、主人であるボブと共に出迎えてくれたジミーの傍らにいる女性に驚いた。ジミーの恋人だったリジーだ!事件後すぐさまアパートメントを退去したのは、ここまでジミーを追いかけて来るためだったのか。何と愛情深い女性なのだろう。私はリジーと再会出来たことに内心喜んだ。実は彼女にどうしてもこっそり尋ねてみたいことがあったのだ。ジミーはリッキーと同じ病でこの町へやって来た。そう、彼もリッキーと同じくゲイであった。ゲイのジミーとどうやって深い愛情で結ばれたのか?…いや、そんなことを尋ねてどうなるというのだ。仮に二人の恋愛成功談を実践してみたところで、リッキーにも通用するとは限らないではないか。尋ねたところで意味ないよね…。私は一人で勝手に喜び、そしてちょっぴり落胆した。
 だが驚いたのはリジーに対してだけではなかった。ボブの横にもう一人、見慣れた顔の農夫が立っていたからだ。嘗ては世界中の誰もが知る大物ミュージシャンであったにもかかわらず、今ではやけに野良着姿が板に付いているこの男性は、もしや-!?






Last updated  2014.04.15 01:05:11
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2014.04.05
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 休日だというのにいつもより早く目覚めた私は、ベッドから抜け出すと直に窓を開けた。穏かで爽やかな朝東風が、春の到来を告げている。今日は待ちに待ったリッキーとの初デートだ!
 毎日のように会ってはいるが、やはりデートとなるとつい気合が入ってしまうもの。シャワーを浴びて念入りに体中を磨き上げ、化粧も丁寧に施し、一昨日こっそり買っておいた春物のブラウスとカーディガンに袖を通す。ジーンズは手持ちの中で最もスラリと脚が細く長く見えるものを、そしてスニーカーはいつも履き慣れたものを選んだ。デート中に靴擦れなんて起こしたら最悪だしね。
 ちょうど支度が整った頃に部屋のインターホンが鳴った。
 「おはよう、キオ。出掛ける用意は出来たかい?」
 窓を閉めてから部屋を出ると、見覚えのあるシャツにジーンズという普段どおりのラフな格好をした、何一つ気負い込んだところのないリッキーが立っていた。
 「おはよう、リッキー。今日一日、宜しくお願いします」
 「急に畏まってどうしたんだい?もっと気楽にいこうよ。さてと、まずは駅まで行くバスに乗らなきゃ」
 私達は町の中心部に程近い市街地に住んでいることもあって、移動手段は大抵徒歩もしくはバスである。この町の列車というのは、日本人である私の感覚からすると新幹線に近く、余程遠方に行く用事でもないかぎり乗る機会がない。
 アパートメントから東へ歩いて3分程の所にあるバス停でバスに乗り込んだ私は、運転手の顔を見て驚いた。自動車事故でこの世界に来た者が集まるバー・CCB(Car Crash Bar)で顔見知りになったコージー(Cozy Powell)ではないか。そういえば以前、同じくCCBで知り合ったボーナ(Björn "Böna" Eriksson / Rude Kids)の運転するタクシーに乗車した時、コージーがバスの運転手だと聞いたことがあったっけ。
 「よォ、久しぶりだな。今日はリッキーとデートか?二人してどこまで行くんだ?」
 「デートだなんて、そんな…コージーったら」
 「やぁコージー。二人とも中央駅(Central station)まで往復で。料金は俺が二人分払うよ」
 デートという言葉に浮かれてモジモジしている私の横から、他の乗客の迷惑を考えてかリッキーが素早く質問に答えた。流石、バンド結成前は地元のバスステーションでチケットエージェントをしていただけはある…って関係ないか。
 「二人で5だ」
 「OK」
 リッキーが決済端末機に触れている間に、コージーは二人分の往復チケットを私に手渡した。空いている一番後ろの席に腰を下ろそうとした途端にバスが動き出したため、私達は若干よろけながら慌ててシートに座った。
 私が生まれ育った田舎ではバスに乗るとまず番号が書かれた整理券を取り、前の電光掲示板に表示される料金表でその番号の所の金額を確認してから降りる時に料金を払うシステムであった。それが当たり前だと思っていたところ、大学に通うために上京した地域では料金一律先払という非常に簡潔明瞭なシステムで、大層驚かされた。バスや電車の乗り方というのは、初めて利用する者にとって意外と頭を悩ますものだ。リッキーもそのあたりを気遣ってくれたのかもしれない。
 「バスや電車って国や地方によってシステムが違ったりするから、初めて乗るときはちょっと緊張しちゃう」
 「そうだね。その点ここではバスも電車も全て町営だから違いはないよ。慌てることもなければ、ワクワクすることもないのさ」

 私達はPROG区(Progressive Rock地区)にある中央駅正面のバス停で下車した。駅舎は英国の-あれは何という駅だったか…私がこの町に来る前年ぐらいにニュースで見た、公共の場で最も多くのパンツ姿の人間が集まったギネス記録を更新したとかいう駅…確かセント・パンクラス駅だったかな?-に似た、この小さな町には不釣合いと思えるほど荘厳華麗な建物である。
 構内に足を踏み入れてみると、外観とは打って変わって非常に近代的で、明るく開放的な感じがする。ただ休日の朝だというのに意外と人が多いことに驚いた。
 「案外電車の利用客って多いんだ」
 「一応ロックスターの町だからね、ほとんどが観光客じゃないかな」
 そうなのだ。私は運良く【Heavenly Rock Town】の住人になれたので、わざわざ有名人を見に出掛ける必要がないのだが、町の行き来は基本的に自由で、身内や友人、過去の有名人達と会うことはいつでも可能なのである。
 「町中を走っている電車は東西線と南北線の2本で、あとは全て他町行きの高速鉄道さ。それと俺達のような一般人は余程のことがないかぎり乗る機会はないけど、一応地獄行きの便も地下のホームから出てるよ」
 「へえ、そうなんだ。じゃあ天国行きは?」
 「ここの人達は地獄に落ちることはあるかもしれないけど、天国へ昇ることは絶無だから、便はない。天国の住人達だってわざわざ市井に降りてくることもないし」
 成程、天国だけは丸っきり別天地ということか。
 ボブの農園に行くには南北線に乗って南野駅(Southfields station)で下車するらしく、券売機で往復乗車券を購入した私達は、南北線が入ってくる2番ホームに向かった。彼の言ったとおり構内にいた人々の大半は観光客だったらしく、町内線のホームには私達を含めても僅かに数人がいるだけだ。
 南北線は1時間に3本、ぴったり20分おきに発車するらしい。まぁそんなものだろう。私の田舎でもそれくらいだった。とはいえその田舎は私が上京した数年後には政令指定都市に移行したので、今ではもっと本数が増えているかもしれないけど。
 「もうそろそろ電車が来るよ」






Last updated  2014.04.05 13:45:00
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2014.03.21
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 “(無政府)共産主義は、個人の発達と自由の最良の基盤である。これは、万人に対して個々人を闘争させる個人主義のことではない。人間の能力を十全に拡充させ、自分自身に生来備わっていることを良質に発達させ、知性・感情・意志を最大限実らせることを示しているのだ”
 - Pyotr Alexeyevich Kropotkin

 「なぁリッキー、クロポトキンって知ってるか?」
 今夜もリッキーが迎えに来てくれるや否やイアンが尋ねた。二人はここ数日、ユートピア小説がこの町の仕組みに与えた影響について語り合っていたが、今日の話題は無政府共産主義を唱えたロシアの革命家、ピョートル・クロポトキン(Pyotr Kropotkin)のことらしい。自分達はアナキズムの思想を植付けられているのではないか、なんて話をしているようだ。
 元々思索に耽るタイプであるイアンとリッキーは、この町についても色々と思うところがあるようで、何やら二人で熱心に話し込んでいる。だが能天気な私にしてみればこの町が共産主義だろうと資本主義だろうと、天国だろうが地獄だろうが全くもってどうでもいい話で、唯唯リッキーやみんなと一緒に楽しく暮らせればそれで十分幸せなのである。
 二人の会話が一段落したところで、私達はイアンに別れを告げて店を出た。昨日あたりから春を感じさせる暖かさになっており、穏やかな夜風が心地よい。
 「そういえばキオがここに来て随分経つけど、まだ一度も遠出したことなかったよね。よかったら今度の休みにでも一緒に行ってみないかい?」
 おおッ、これってもしかしてデートのお誘いかしらん!?
 「ホントに!? 行きたい行きたい!」
 リッキーからの初めての誘いを断るわけもなく、まるでヘッドバンギングでもしているかの如く私は何度も首を縦に振った。
 「OK。じゃあ社会科見学のつもりで郊外の農園にでも行ってみる?」
 社会科見学?それってデートと言えるのだろうか?いやいや、何にせよリッキーと二人きりで出掛けるということは、完全にデートではないか。そう、誰が何と言おうとデートに違いない。
 「う、うん…」
 「あはは、冗談だよ。本当はジミーの様子をこっそり伺いに行こうと思ってさ」
 「ジミーって…もしかして情報管理センターにいた、あのジミー?」
 「ああそうだよ。彼には刑罰を科す代りに暫く農園で働いてもらうことにしたんだ」
 リッキーを失脚させようとしたプレスリー前町長に唆され、情報管理センターのメインフレームに不正侵入して町中の決済端末機を一時的に麻痺させたジミー。センターを解雇されたという話は聞いていたが、まさか農夫になっていたとは。
 「そういえばリジーはどうしてるんだろう?あの後すぐにまた引っ越しちゃったし」
 ジミーの恋人だったリジーは、敵だと思い込んでいたリッキーの情報を探ろうとわざわざ私達の暮らすアパートメントに越してきたが、事件後すぐに出て行ってしまった。
 「バイタリティ溢れる彼女のことだから大丈夫さ。それよりキオ、君がこの町に来たのは09年の9月だったよね」
 「うん、09年の9月2日だけど…。突然どうしたの?」
 「俺がキオの世話役に就いてから彼此4年半が経過したわけだ」
 「もうそんなになるんだ。何だかあっという間だった気がする」
 並んで歩くリッキーの顔を見上げると、彼も私の目を見て柔和な微笑を浮かべた。
 「実は世話役っていうのはね、3年から最長でも5年と決まっているんだ。もう十分この世界で暮らしていけるな、と世話役が判断したところで御役御免となるわけさ」
 えッ?いきなりそんな…。
 「キオはもう既に一人で十分やっていけるんだけど、期限いっぱいまでの残り半年間でもっと様々なことを君に伝えておこうと思う。今回の郊外行きもその一つだよ。電車の乗り方も知っておかないと-」
 「ねぇ御役御免ってどういうこと?世話役じゃなくなったらリッキーと私はどうなるの?まさか離れ離れになっちゃうとか!?」
 最後の方は若干涙声になってしまったうえ、思わず夢中になって彼の右腕をむんずと掴んでいた。そんなの嘘でしょ、リッキー!
 「落ち着いて、キオ。ごめん、言い方が悪かったから驚かせちゃって。大丈夫、ただ世話役という正式な後見人じゃなくなるというだけで、今までどおりずっと一緒にいるよ。ほら、ベンだって10年前に俺が世話役から外れたけど今も一緒にいるだろ?」
 リッキーは自由の利く左手で私の頭にそっと触れ、軽く撫でてくれた。そうだった、ベンもリッキーの世話を受けたんだったっけ。嗚呼、私ったら何年経ってもリッキーに迷惑を掛けてばかりだ。決して彼を信じていない訳ではないのだが、心の底には不安の塊がゴロゴロしている。いつか彼に愛想を尽かされるのではないかと。嘗ては輝かしいロックスターで、現在はこの町の影の実力者であるリッキーに、ただの一般人であるアジア女が相応しいはずがないじゃないか、と。
 「私の方こそごめんなさい。つい、あの…」
 「お互い様さ。じゃあ次の日曜日はボブの農園に寄ってから、他にも色んな場所に行ってみようか」
 「やったあ!今からドキドキしちゃう。ところでボブって私も知ってる人?」
 「どうかな?ボブ・マーリー(Bob Marley)って聞いたことある?ジャマイカのレゲエ・ミュージシャンだったんだけど。彼は生前ラスタファリ運動っていうのを実践してて、この町に来てからは広大な農園で様々な作物を作ってるんだ。ジミーは今年からそのボブの農場で働いているよ」
 ボブは81年5月、悪性黒色腫により36歳でこの町の住人となった。彼によって広く知られるようになったラスタファリ運動というのは、アフリカ回帰を唱えるジャマイカの労働者階級や農民を中心にして発生した宗教的思想運動である。ラスタ(ラスタファリ運動実践者)は菜食主義で、ガンジャ(マリファナ)を吸い、ドレッドヘアをしていることなどが特徴なのだそうな。
 それにしても遂にリッキーと初デート!春よ来い、早く来い♪ 

bobmarley.jpg Robert Nesta Marley (February 6, 1945 – May 11, 1981) ボブ・マーリー






Last updated  2014.03.21 01:13:36
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2014.03.08
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 日曜に行われた町長選では、事前アンケート調査の結果どおりビル・ヘイリーが20年ぶりの新町長に決定した。プレスリー前町長のようなカリスマ性はないが、元来町長などというものは地道に職務を遂行してくれそうな人が望ましいのであって、知名度やスター性は不要なのである。なんて、ジョン・レノンに投票した私が偉そうに言うのも何だが。ちなみにジョンは僅差で落選した。
 「いらっしゃいま…リッキー!今日はもう仕事終わったの?」
 そろそろ閉店準備に取り掛かろうとした矢先に、リッキーがひょっこり店のドアから顔を覗かせた。
 「ああ、久々に一緒に帰ろうと思って迎えに来たんだ。イアンもお疲れさん、ぼちぼち閉店かい?」
 「よォリッキー、ドアを閉める前に外の札をCLOSEDにしといてくれ。ついでに施錠も頼む」
 レジカウンターで体内チップ認証決済端末機の売上データに目を通していたイアンは、顔を上げて正面のリッキーを見遣ってから、真横にいる私の方を向いてニヤリと笑った。
 イアンに言われたとおりに外のOPEN札を裏返し、ドアの施錠も済ませたリッキーはレジカウンターの上に置かれたままになっている本に興味を示した。先日イアンが読んでいたトマス・モアの『ユートピア』だ。
 「リッキーもこの本を読んだことある?このあいだ店長がこの町とユートピアってどことなく似てるような気がするって」
 「学生の頃に読んだよ。この町とユートピアは共産的な社会機構が上手く成り立ってる点で確かに似てるかな」
 パラパラとページを捲りながら答えるリッキー。するとイアンは書棚から別の本を抜き出してユートピアの横に置いた。
 「それよりはこっちの方が近いかもしれん。一応この町の住人達の大多数も嘗ては芸術家の端くれだった訳だし」
 「成程、ウィリアム・モリス(William Morris)の『ユートピアだより(News from Nowhere)』か。“人間は賃金や報酬のために働くのではなく、労働の報酬は生きることそのものだ” とか何とかいう…」
 リッキーは早速ユートピアだよりを捲り始めた。
 「そうそう。“天国や来世の生活が、さながら現実そのもののように思えたので、この世の生活の一部にもなった” だなんて、モリスもこっちに来て驚いただろう。ま、そんなことはどうでもいいが、この町の仕組みはモアやモリス、ベラミーなんかの作品に影響を受けているのかもな」
 ベラミー作品というのは、エドワード・ベラミー(Edward Bellamy)の『顧みれば(Looking Backward)』のことである。
 「言われてみればそうかもしれないね。まさか死後の世界がマルクス主義だったなんて、ソ連…じゃなかったロシアの人が聞いたらショック死するかも」
 「案外、一日でも長く地上にいたくて皆が健康的な生活を送るようになったりしてな」

 もう上がっていいよ、とイアンに言われた私はリッキーと一緒に裏口から店を出た。3月上旬だというのに、まだまだ夜風は冷たい。微かに身震いした私に、リッキーは自分が身に着けていたマフラーを外して私の首にふわりと巻いてくれた。
 「これで少しは温かくなるかな」
 「でもリッキーが…」
 「俺はそんなに寒くないから大丈夫だよ」
 「有難う。寒くなったら遠慮なく言ってね」
 微笑みながら頷くリッキーのカバンの中には、先程購入した3冊の本が入っている。この町のシステムに影響を与えたのではないかとイアンが言っていた、モアとモリス、ベラミーの著書だ。
 この町の仕組みを作り上げ、支配者として君臨している悪魔のルーファスは、中国の荘子の説話も知っているほど地上の文学に造詣があるようだし、或るゲイポルノアクターに似てると言われただけでその人の名を勝手に拝借して名乗っているくらいなので、そういう書物に影響されてこの町を創造したというのも有り得る話かもしれない。
 「ねぇリッキー、地上では社会主義国家は次々と崩壊したけど、この町もいずれ革命とか起きるんじゃない?」
 「ソビエト連邦や東欧諸国みたいにかい?この町には独裁者がいないから心配ないよ。とはいえプレスリー前町長の例もあるから絶対にないとは言い切れないけどさ。キオも薄々感付いているかもしれないけど、天界は我々の肉体を霊界で再生する際にあれこれ細工してるんだ」
 「自動翻訳システムみたいな?」
 「それが最も分かりやすいものだけど、他にも生殖能力を喪失させたり、勤労意欲は高める反面、金銭欲や権力欲といったものはある程度削ってたり。東欧の社会主義国家が崩壊した原因の一端は、西欧のように豊かになりたいという欲だったって言われてるからね。まぁこの町は共産主義の利点と民主主義の利点をミックスさせて創り上げた、ルーファスが思うところの理想郷なんだよ。だから前町長のような欲の深い人間に対しては容赦しないんだ、この町のシステム維持のためにも」
 「結局私達は悪魔に操られているってことなの?何だか急に怖くなってきた…」
 「ごめん、嫌な話をしちゃったね。だけどルーファスは決して我々を操ったりしていないから、何も恐れなくていいんだよ。今迄どおり普通に暮らしていれば何の心配もいらない。ただ退屈ではあるけどさ、そこはキオが自分で何かに楽しみを見出すしかないけどね」
 リッキーもイアンもこの町は退屈だと言うが、私にはちっとも退屈ではなかった。憧れのリッキーとこうして一緒にいられること、店長のイアンや同じアパートメントで暮らしているベン(Benjamin Orr / The Cars)やロブ(Rob Fisher / Naked Eyes)、セルビア人ロッカーのボヤン(Bojan Pecar / Ekatarina Velika)達と仲良くしてもらえること、TVやPCの画面でしか見られなかったミュージシャンの方々と直に接することが出来ること―。ここでの生活全てがまるで夢のような輝きに満ちている。
 リッキーと腕を組むなり手を繋ぐなりして歩きたいものの言い出す勇気のない私は、代わりに彼のマフラーの両端をぎゅっと掴んだ。嗚呼、春はまだ遠い…。






Last updated  2014.03.08 23:11:44
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2014.02.23
カテゴリ:Heavenly Rock Town
家 【Heavenly Rock Town】 とは? → こちら にまとめてみました


 4期20年という長きに亘り[Heavenly Rock Town]の町長を務めたエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)の辞職に伴う町長選が明日行われるため、この町唯一のニュースチャンネルではキャスターのブライアン・エプスタイン(Brian Epstein)が繰返し投票を呼びかけている。
 私は同じアパートメントに暮らすリッキー(Ricky Wilson / The B-52's)と一緒に『Wilburys Grill & Bar』のカウンターで昼食を取りながら、ブライアンが紹介する立候補者の略歴をぼんやりと見ていた。
 「この中だとやっぱりジョンが優勢なのかなあ」
 日本食レストラン『和音』を経営しているジョン・レノン(John Lennon / The Beatles)が、知名度では断トツ1位である。
 「確かに人気はあるけど、町長に相応しいかっていうと難しいかもね。事前アンケート調査だとジョンが2位で、1位はビルだったかな」
 「ビル・ヘイリーって人?」
 「ああ。彼はキオが生まれるずっと前にエルヴィスらと共にロックンロール・ブームを起こした人なんだよ」
 50年代に世界中の若者を熱狂させた米国のミュージシャン、ビル・ヘイリー(Bill Haley)が54年にリリースした“Rock Around The Clock”は「ロックンロールの最初で最大のヒット曲」といわれ、ビルボードチャートで8週連続1位を記録したらしい。70年代にアルコール中毒となり、81年2月に脳腫瘍のため55歳でこの町に来たんだとか。
 「今回の町長選はどいつもパッとしねえよな。ロイ、お前さんが出馬してくれてたら皆が悩まなくて済んだんだぜ」
 リッキーの隣で豪快にディジェスチフ(食後酒)を呷っているボンゾが、カウンター内でピルスナーグラスにビールを注いでいるロイ(Roy Orbison)に声を掛けた。ロイはジョージ(George Harrison / The Beatles)と共にこの店のオーナーである。店の雰囲気や味の良さは言うに及ばず、この二人の人柄に惹かれて常連になる客も多い。リッキーもその内の一人だが、おそらくボンゾも同じなのだろう。
 「俺はジョージや仲間達と一緒にここでのんびり皆と楽しくやってる方が性に合ってるさ。それよりボンゾ、もしお前さんが立候補してくれてたら迷わず一票を投じたよ」
 「俺に!? おいおい無茶言うなよ、ロイ。この町がぶっ壊れてもいいのか!?」
 英国のロック・バンド、Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)のドラマーで、“Drum God”と称されるボンゾことジョン・ボーナム(John Bonham)は80年9月に、32歳にして飲酒により吐瀉物を喉に詰まらせてこの町へとやって来た。
 ボンゾといえばツアー中の破茶滅茶エピソードは枚挙に遑がないほどで、そんな彼がもし町長になろうものなら庁舎全壊は免れない。それどころか、あちらの世界でもこちらの世界でも大親友だというThe Who(ザ・フー)のドラマーだったキース・ムーン(Keith Moon)も揃えば、本人の言う通りこの町全体が廃墟になりかねない。キースは78年9月にボンゾと同じく32歳の若さで、アルコール依存症治療薬の過剰摂取によりこの町の住人となった。
 「皆さん、明日は町長選挙です。必ず投票に行きましょう」
 ブライアンの何度目かの呼掛けに耳を傾けることなく、リッキーと私は席を立った。
 プレスリー町長の辞任騒動に責任を感じているリッキーは毎晩遅くまで仕事に精を出しているようで、あの時以来一緒に帰る機会がめっきり減ってしまった。その代わりに毎週土曜の昼休みはこの店で待ち合わせて、二人で昼食を共にしている。傍から見れば私達は恋人同士に映るだろうか?
 「じゃあ気を付けて帰るんだよ」
 「うん。リッキーもあまり無理しないでね」
 リッキーは大通りを隔てた斜向うに聳え立つ情報管理センターに、そして私は大通り沿いに徒歩で5分ほどのところにある「INTERZONE」という小さな書店に勤めているため、私達は店の前で別れた。

 「店長、帰りました」
 「おかえり。今日はリッキーとランチだったんだろ、相変らず仲がいいな」
 店に帰ると、店長のイアン(Ian Curtis / Joy Division)がレジカウンターで暇そうに本を読んでいた。
 「何を読んでるんです?」
 「ん?ああ、トマス・モア(Thomas More)の『ユートピア(Utopia)』さ。子供の頃に読んだきりだったんだけど、ふとこの町とユートピアってどことなく似てるような気がしてな」
 「この町が理想郷に近いってことですか?」
 イアンは頭を振りながら読みかけの本をパタンと閉じると、冷ややかな笑みを浮かべた。
 「元々ユートピアっていうのは理想郷でも何でもなくて、“Not Place(どこにもない)”という意味の造語だよ。まぁ強いて共通点を挙げればどちらも退屈で死にそうな町ってことぐらいだ」
 退屈で死にそうな町、か。そうは言ってもここの住人はみんな既に死んでいるので、もう二度と死ぬことはないのだけれど。

bill.jpg William John Clifton Haley (July 6, 1925 – February 9, 1981) ビル・ヘイリー
ledzeppelin.jpg John Henry Bonham (May 31, 1948 – September 25, 1980)
keithmoon.jpg Keith John Moon (August 23, 1946 – September 7, 1978)






Last updated  2014.02.23 23:34:36
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2014.01.01
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 昔者、荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。自ら喩しみ志に適へるかな。周なるを知らざるなり。俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。
 知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか―。

 「…キオ、目を覚ましてごらん」
 「あれッ、リッキー?ここは…?」
 「海の上だよ。気持ちいいだろ」
 海原に浮かんだボートのデッキチェアでいつの間にか転寝をしていた私は、リッキーに揺り起こされて目を覚ました。頬に当たる冷たい潮風が眠気を吹き飛ばしてくれる。辺りをキョロキョロ見渡してみたが、右も左も、前も後ろも真っ青な海原が広がる限り。これは一体…?
 「水上にいるとさ、何もかもがどうでもよくなってくるだろ。ミュージシャンであるとか情報管理センター次官であるとか、ここだとそんな仮面は必要ない。俺はただの俺でしかないんだ」
 こんなに生き生きとした男らしいリッキーを見るのは初めてのことだ。私の真横にいる彼の瞳は、ミラーサングラスの奥で少年のようにキラキラと輝いて見える。
 「本当に最高の気分ね。ボートが好きだって言ってたリッキーの気持がよく分かるわ」
 「だろ。君と一緒に楽しめて俺も嬉しいよ」
 私達は暫し無言で海を見詰めた。どこまでも続く、飲み込まれそうなほどに広大な海原は、太陽の光を浴びて眩い光を放っている。この黄金色に満ちた海面の美しさに比べ、女性達が大金を叩いて身に着ける宝石の輝きの何と貧弱なことか。
 嗚呼、リッキーは帆船で世界を回るのが夢だと言っていたが、こうして彼と二人きりでのんびりと水面を眺めて暮らせたらどんなに素晴しいだろう。
 ん?リッキーの…夢?
 「ちょっと冷えてきたね。おいで、キオ」
 リッキーは私の腰に手を回して自分の方に引き寄せると、私の身体を優しく抱き締めた。リッキーの温もりに包まれて、私の身体は一瞬にして温まった。それどころか緊張しすぎて熱い。蕩けそう…いや蒸発してしまいそうだ。
 触れば火傷しそうなほど熱々になっている私の頬に、そっとリッキーの右手が触れた。じゅう…と焼き焦げる音はしなかったので、触れた手は大丈夫なのだろう。リッキーの美しい顔がまるでスローモーションのようにゆっくりと近付いてくる。私は目を閉じて心持ち唇を突き出した。これは夢?それとも現実?どっちにしろお願い、覚めないで!

 ―覚めた。
 「如何でした、リッキーの夢の世界は?貴方の夢も少し混ざりましたが、お楽しみいただけましたか?」
 私はルーファスの部屋にいた。隣にはベンが、そしてその横にはルーファスと相変らず横たわっているリッキーの姿が見える。
 「やっぱりリッキーの夢の世界だったの?あんなにはっきりと潮風の冷たさを…」
 潮風の冷たさもリッキーの身体の温もりも、あんなにはっきりと感じたのに。私は頬に手を当ててみたが、じゅうっという鉄板並みの熱さを感じるどころか生暖かい肌の感触があるだけだった。夢であったのならばせめて、リッキーの柔らかな唇が私の唇に重なるところまで見続けたかった。
 「お前、本当にリッキーの夢の世界とやらに行ったのか?」
 「よくは分からないけど…。夢というより現実そのものだった。リッキーとボートに乗ってたの。あんなに生き生きとしたリッキーを初めて見たわ」
 「たった1、2分かそこらで?」
 「1、2分? 1時間くらい海の上にいたような気がするけど」
 私とベンの遣り取りを横目で見ていたルーファスが、人差し指でベンの額をちょこんと突いた途端、ベンの全身からガクリと力が抜けた。
 「実際にベンにも体感させてあげましょう、リッキーの夢の世界を。私達はジャニスの淹れてくれたコーヒーでも飲みながら、二人の目覚めを待ちましょう」
 いつの間にかテーブルには見覚えのある高価そうなコーヒーセットが置かれてあった。
 「貴方の国でしたかに蝶になった夢を見た男の話というのがあるでしょう、御存知ですか?」
 「胡蝶の夢ですね。隣の国の有名な話です」
 胡蝶になってひらひらと飛んでいる夢を見た男が目を覚まし、果たして自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか…という荘子の有名な説話である。中国文学まで知っているとは、この悪魔もなかなか博学だ。但し地理は苦手らしい。
 「夢が現実か、現実が夢か、そんなことは別にどちらでもよいのです。生も死も、貴も賎も、全く同じことなのです。万物斉同、そこのところを彼は…リッキーはとてもよく理解しています。彼の夢からもお分かりいただけたでしょう」
 私はリッキーが夢の中で語った言葉を思い出した。ミュージシャンであるとか情報管理センター次官であるとか、そんな仮面は必要ない。自分はただの自分でしかないんだ―と。
 「あの世とこの世では若干の違いはありますが、その変化を、その時々に自身の置かれた状況を楽しんで、幸せに暮らしていただきたい。天は貴方達人間に何一つ期待などしてはいませんが、この町の支配者たる私はそのことだけを願っています。さて、もうそろそろ二人とも夢から目覚める頃でしょう」
 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此れを之れ物化と謂ふ―。
 覚は覚、夢は夢。周と胡蝶は形に違いはあれど、己であることに変わりはない。万物が絶えざる変化を遂げようとも、本質において何ら変わりはないのである。この町で絶大な権力を誇る彼も、あらゆる柵を捨ててボートで一人のんびりと海を眺める彼も、どちらも同じリッキーなのだ。
 日頃地位や名誉といったちっぽけなモノのせいで疲弊させられているリッキーが、この願いをルーファスとの取引条件にした気持ちが痛いほど分かるような気がした。

 「♪ It's been a hard day's night, and I been working like a dog. It's been a hard day's night, I should be sleeping like a log…」
 ベンとリッキー、私の三人は寒々しい夜の街を家路に向かって歩いていた。晴れ晴れとした表情のリッキーが珍しく、歩きながらThe Beatlesの“A Hard Day's Night”を口ずさんだ。歌うほどに気分がいいのか、それとも歌詞どおりに今夜はクタクタなのか…。おそらく両方だろう。
 「今夜はぐっすり眠れるな」
 ベンがリッキーの肩に手を回した。どうやら酔った時だけではないらしい。ベンの癖なのかもしれない。
 「それが、一番やっかいな問題がまだ残ってるんだよなあ」
 「まだ何かあんのか」
 「…ロブの誤解を解かなきゃ」
 そうだった!リジーに惚れているロブは、彼女とリッキーが濃厚なキスを交わしているところを目撃し、激怒したままなのだ。プレスリー町長がリッキーを失脚させようとした今回の事件のことは、ロブには話せない。ましてや実行犯のジミーの恋人だっただなんて、言えるわけもない。
 「明日にでも俺が話を付けてやるよ」
 「いや、これは俺から正直に話すべきだろう。気遣いに感謝するよ、ベン」
 心なしか重くなった足取りでアパートメント前の通りに差し掛かったところで、私達はこれまた意外な男女を目にした。ロブと…アリーヤだ、あの噂のスイーツ店の!リッキーとリジーに負けないくらい親密そうである。
 おやすみのキスをして帰っていくアリーヤが角を曲がった瞬間にベンが、少し遅れてリッキーと私も、部屋へ戻ろうと階段に足を掛けたロブのところまで猛ダッシュした。
 「おい、ロブ!」
 「あ、おかえりベン。リッキーとキオも一緒かい?…どうしたんだ、三人とも息を切らして」
 「どうしたもこうしたもねえよ。お前、さっきの娘は?」
 「ん?ああ、見られてたか。実はちょっと前に知り合ったスイーツ店の娘、あの娘アリーヤっていうんだけど、そのアリーヤと仲良くなってさ、今日が初デートだったんだよ。端末機騒動で街中の店が閉まったもんだから、俺の部屋で今まで一緒にいたんだ。いいタイミングで騒動が起こってくれたよ」
 何も知らずに暢気なことを。
 「お前、リジーのことはもういいのか?」
 「リジー?ああ、昨夜のことはもう忘れたよ。今はアリーヤに夢中なんだ。そういえばリッキー、君はリジーとどうなったんだい?」
 「え?俺?あ、俺とリジーは最初から別にどうも…」
 「キオを悲しませるようなことをしちゃダメだよ。じゃあ三人とも、おやすみ」
 ロブが軽やかに階段を駆け上っていく。私達は顔を見合わせた。
 「ははは、最後の難題もあっさり解決したな」
 「うん、これで今夜は熟睡出来るよ」
 「ロブって案外惚れっぽいのね」
 ♪ You know I feel alright. You know I feel alright….






Last updated  2014.01.02 02:10:15
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2013.12.31
カテゴリ:Heavenly Rock Town
 ルーファスが隠れ家と称している地下部屋に入るのも今回で3度目だ。書斎机に細く長い脚を投げ出し、革張り椅子の背凭れにどっしりと寄りかかって腰掛けていたのは、いつもと変わらぬ姿のルーファスであった。
 「ベン、キオ、お二人をお待ちしてました。今回の問題解決には貴方達の力もお借りしたそうで、私からも礼を言います」
 「いや、確かにキオは手助けしたけど俺は何もしてねえから礼なんかいいよ」
 「私も大したことはしてないので御礼なんてそんな…」
 ルーファスの謝意を無下に否んだベンに釣られ、つい私もやんわり断ってしまった。しかし彼は私達の失礼に気を悪くする風でもなく、ただ微笑みながら頷いただけだった。
 「貴方達も御承知のとおり、この町は私が支配しています。ですが支配者である私が町の運営に直接係わることはありません。私の存意は全てリッキーに伝え、それを彼が判断して要人に伝達します。この町で彼は私に次ぐ実力者と言えましょう、何せ支配者代行ですからね」
 私とベンが腰掛けているソファの横で、俯き加減に直立しているリッキーの表情が心做しか曇って見えた。
 「今回の件は町の混乱に乗じてリッキーを失脚させ、彼の持つ権力を自らの手中に収めようとした町長が陰で操っていました。町長に唆されてメインフレームに不正侵入した人物こそ、キオが知らせてくれたジミー・マクシェインだったのです」
 「まさかジミーが関与してたなんて、キオに言われるまで全く思い付きもしなかったよ。有難う、キオ」
 リッキーはどこか寂しげな、複雑な笑顔を私に向けた。彼は今日一日、どれほど胸の痛む、苦しい思いをしたのだろう。
 「ここの長官がいきなり町長に辞職勧告を突きつけたって話を耳にしたけど、そういうことだったのか」
 「リッキーに逆らう者は私に刃向かうも同じですから。町長は地獄に落とそうかと思いましたが、リッキーが余りに強く反対したため止むを得ず罷免ということで手を打ちました。マクシェインも当然解雇です」
 「じゃあリジーもグルだったってことだろうけどよ、何で彼女はあんなにペラペラとヒントになるようなことをリッキーに話したんだ?」
 「彼女は町長が陰で糸を引いていたことを知らなかったんだよ。ジミーが実力で伸し上ろうとしていると思って応援してたまでで。だから堂々と俺に宣戦布告したり体を張って情報収集しようとしたりしてね、彼女は一途な女性なのさ。まぁ彼女のことは今回の問題解決に大いに役立ってくれたんで、ルーファスやシーとも話し合って不問に付すことにしたよ」
 体を張ってということは、もしかするとリッキーは彼女にハニートラップでも仕掛けられたのだろうか?そりゃ彼女の色気を以てしても落ちるわけないよね、悲しいことにリッキーは女性に興味ないもの。
 ベンは更に端末機の一斉停止について質問し、ルーファスとリッキーがそれに答えていたが、コンピューターに疎い私には何のことやらまるで理解出来なかった。

 彼等の話が一段落してから、私は恐る恐るルーファスにディアベルと名乗った件について尋ねてみた。すると…。
 「以前、霊界に誘導した男性から言われたのです、“君はKyros Christianに似てるね”と。誰かに似ているなどと言われたのは初めてでしたので非常に興味が湧いて調べてみたところ、その人物はゲイポルノアクターでした。私はすっかりその人物が気に入りまして、彼の名前を拝借することにしました。ただ悪魔の私がクリスチャンというのは流石にマズいので、姓はディアベル(Diavel。エミリア・ロマーニャ語ボローニャ方言で「悪魔」という意味)に変え、ここの長官である時には人間らしくカイロス・ディアベルと名乗ることにしてます。いずれ彼をこの町へ迎え入れる日が今から待ち遠しくて」
 「ルーファスもリッキーもマジかよ!?」
 リッキーが笑いを堪えながら大きく頷く。なッ…ゲイポルノアクター!? まさかルーファスも!? いやいやいや、悪魔がゲイとかあるわけないよね。この話は聞かなかったことにしよう。ベンも隣で完全に呆れ返っているようだし。
 「その話は置いといてですね、最後に何故リッキーが悪魔と取引しているなどという噂が広まったかということについて、お二人だけには話しておきましょう」
 何と、あの噂にはちゃんと根拠があったのか。私はルーファスとリッキーの顔を交互に見た。リッキーは私達の視線から逃れるようにそっとソファから離れた。
 「私がリッキーに取引の申出をしたのは一度きりなのですが、その時偶然にも資料を持って来させていたマクシェインが扉の外にいて、私達の会話の断片―取引という言葉―を耳にし、悪巧みか何かと勘違いしたのです。…あ、ちょっと失礼」
 ルーファスは机上の電話機を引き寄せ、いきなりどこかに電話し始めた。
 「ジャニス、コーヒーを頼みます。ええ、一応4人分で。店の方はもう閉めてくれて結構ですから。長時間働かせて申し訳なかったですね」
 いつもながら悪魔とは思えぬ丁寧な口調である。彼は私にさえ敬語を使う。流石ルシファーの孫だけあって、一応高貴な家柄なのだろう、おそらく。ただ私もベンもこの部屋に来る前、既に彼女の店でコーヒーを飲んだばかりだ。
 「私が申し出た取引というのはですね、リッキーの願いを聞き入れる代わりに…」
 「ルーファス!悪いがやはりその話を今ここではしないでくれないか。いつか必ず俺から二人に伝えるから。すまない」
 「そうですか、分かりました」
 私達にも言えない何かがあるらしい。ルーファスからの取引条件とは一体何だったのだろう?
 「お前が言いたくなけりゃ無理して言わなくてもいいぜ。で、願いは叶ったのか?」
 ベンはくるりと振り向き、背後にいるリッキーに声を掛けた。
 「それは今回の件が無事解決してからということで…」
 「そうなのです。今から御約束どおり、リッキーの願いを叶えて差し上げましょう」
 そう言い終わるや否やルーファスは革張り椅子からフワリと舞い上がり、リッキーの元へ着地した。そして次の瞬間には既にリッキーはルーファスの腕の中で意識を失っているようであった。余りに突然の出来事で、ベンも私も何が起こったのかさっぱり分からない。
 「おい、リッキーに何をした?」
 「御心配には及びません。彼は夢の世界に行っているだけです」
 「夢の世界?」
 「はい。今頃は彼が愛してやまなかった帆船で大海原を疾走していることでしょう」
 ルーファスは軽々とリッキーを抱き上げると、そっとソファに横たわらせた。私とベンが腰掛けているこのソファは緩やかな曲線を描いており、リッキーが横になるスペースは十二分にある。ルーファスはリッキーの頭元に静かに腰を下ろすと、優しい手付きで彼の髪を撫で始めた。
 そういえばリッキーは地上にいた頃セイルボートを所持し、自宅裏の湖で楽しんでいたと本人から聞いたことがある。その帆船で世界各地を回ってみたかったなんて言ってたっけ。彼らしい願いだ。社内の連中もまさかリッキーと悪魔の取引内容がボートで海原を駆け巡ることだなんて思うまい。
 あどけなさの残る美しいリッキーの寝顔を、ルーファスが愛おしそうに見詰めている。それはまるで母親が我が子を見守るかのような、慈愛のこもった眼差しであった。






Last updated  2014.01.01 03:50:45
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