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カテゴリ:他事暴論(たびたびタジタジ、)
昨日書いたルーレットの必勝法を競馬に応用した賭け方がある。
二番人気の馬に倍々で賭けて行くというもの。 ただし、当たりにならない確率はルーレットより大きい。 そうすると賭け金がだんだん増えていくのがわかるよね。 どこかで配当自体を押し下げる金額になるってこと。 どこかで見切りをつけてまた新たに小額から倍々に賭けていく。 これでも元が取れるのは、昔は二番人気の配当が高かったため。G1レースのない開催日の二番人気の配当は戻りが3倍以上だったみたい。 ただし今は全体に、その配当が低くなっているような気がする。 配当が低くなっている要因には、たぶんもう少しプログラムされた賭け方で賭けている人がいるのではないかと思うのね。 そんな賭け方は邪道? 意味の無い議論だね。どう賭けるのかはその人の勝手。 ここから「デイトレーダー」の話に行くのはそれほどむずかしくないことだな。 今日は「形」については離れて、こんなことについて考えて見るつもり。 行き先はいつものようにわかっていない。 ---------------------------- さて、書ききれるかどうか? まず「デイトレーダー」って何か? 円の終値とか言うように、その日、取引が始まったときから為替や株には売り買いによって値段に変動がある。 売りが大量に入ると値段は下がるし、買いが大量に入ると値段は上がる。 一時的に下がったときに買いを入れて、戻ろうとするベクトルに期待をする。 数字には置き換えられていないけれど、「値ごろ感」というとかそんなものが、買い支える形で働いて、通常のものは下がり続けるのではなく、逆向きつまり上がるベクトルが発生する。 そこで売る。利ザヤをとる。俗に言う「利食い」っていうやつ。 相場観関係なしのタイミング勝負に近い感じがある。 これって、ちょっと競馬の二番人気買いと変わらなくなってません? 馬券のオッズと、形成されているそのときの相場、それをにらんで買いを入れる。 自分が少々大きい買いを入れても全体の取引き高が大きければ、配当を押し下げる要因にはなりにくい。 自分で自分の首を絞めずに上手に利食うのはその人の裁量だね。 どちらの場合にも、聞きかじりの、ある程度訳がわかっている人が参入して全体の取引量が大きいほど仕組みがわかっている人にはやりやすい。 競馬の場合、レースが限られているけれど、「投資」の場合、刻々値段が動いていることを考えるとレースのタイミングはいつでもある。 微分て言うの?折れ線グラフを縦に薄く切るほどのタイミングがあるともいえる。 一方は賭け事に投資の要素を取り入れたもの、もう一方は投資の要素に賭け事の要素を取り入れたものという風に捉えても良いかな? 実は、この境が小さくなっているのが、資本主義が進んだ社会というものではないかと思う。 このゲームはお金持ちや経済動向を決められる人が勝ちやすい。 貧乏人はゲームとはしにくいのよ。乾坤一擲っていう事になりがちでしょう? でも貧乏人もゲームに参加させてしまう動きが加速しているのが最近の世の中なのではないかな?と思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2004年09月23日 23時41分08秒
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