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カテゴリ:小説「愛を抱いて」
14.横浜花火大会 ~処女の香り~
和代は始発が動き出した頃、何度も吐いた。 やがて東向きの窓から、朝日が部屋を照らし衝けて、宴会はお開きになった。 美穂と和代を残して、他の者達は帰って行った。 柳沢も「寝る。」と云って、自分の部屋へ戻った。 和代はぐっすり眠っていた。 「此の部屋も段々素敵に見えて来たけど…、唯、電話が無いのがいけないわ。」 美穂は、人が去ってガランとしてしまった部屋を、見廻しながら云った。 「学校で逢う以外は、此方から連絡が出来ないんだもの。」 私は、電話取付代として親から余分に貰っていた金を、4月中に使い込んでいた。 然し電話を部屋に付ける気など、私には初めから無かった。 「電話は嫌いなんだ。」 私は唯そう云った。 「処で、香織って人と付き合ってるの?」 急に私の方を向いて、彼女は云った。 「ああ。 付き合ってる。」 「そう…。 じゃあ、私とはどうしてるの?」 「君とは愛し合ってる。」 彼女は窓の外に視線を移した。 「私は別に、鉄兵が他の誰と付き合っていても構わないのよ。 唯これからも、私と逢って呉れさえすれば、それで好いわ。 約束して貰えるかしら?」 「勿論さ。 そうだ。夏休みになったし、二人で何処かへ行こう。」 「…私、鎌倉へ行ってみたいな。」 「鎌倉? もっと遠い処へ旅行しようぜ。 でも取り合えず、鎌倉へ行ってみるのも好いな…。 近い中に行こう。 いつにする?」 「そうね…。 23日はどう? 木曜日。」 「OK。 決まりだ。」 「どうやって逢う? いつも鉄兵が私のアパートに来てるから、今度は私が此処へ来るわ。 それとも、私から逢いに来てはいけない?」 「どうして? いけない理由無いじゃん。 唯、こっちから行かなくて済むとなると、俺、安心して寝ちゃってるかも知れないぜ。」 「寝てて好いわよ。 起こしに来てあげるんだから。」 私と美穂も少し眠る事にした。 和代と美穂に布団を取られ、私は柳沢の部屋へ行った。 柳沢は布団の中で、気持ち良さそうに眠っていた。 私は勝手に押し入れを開け、彼の来客用の布団を引っ張り出すと、其れを敷いて横になった。 昼過ぎに我々は眼を覚まし、4人で昼食に出掛けた。 和代は未だフラフラしていた。 「美味しい。」 「赤いサクランボ」の水を一息に飲んで、和代は云った。 「本当に御免なさいね。 見っともなく潰れて、おまけに布団まで使っちゃって…。」 「気にする事は無いさ。」 「ゆうべは、よく呑んでたみたいだね。」 柳沢が云った。 「誰かに呑まされたんでしょ? 淳一君じゃないの?」 美穂が訊いた。 「そう云えば、彼奴完全に酔ってたな。」 「違うわよ。 私が自分で呑んだの。 ゆうべは久し振りに愉しかったわ…。」 「久し振りって、最近調子悪いのかい?」 私は訊いた。 「まあね…。 良くは無いわ。 何か、自分が意味の無い事許してる様な気がして、仕方無いの。 変でしょ…?」 「変かどうか分からないけど、ゆうべみんなで騒いだ事も、意味の無い事だぜ?」 「でも、愉しかったわ。 愉しければ好いって、云って呉れたでしょ。 私、其の通りだと思ったの。」 「大学生が、自分のしてる事に意味や価値を求め始めたら、大学は潰れるな。」 「誰も大学に行かないって事? 向学心に燃えて通ってる人も、沢山居るんじゃない?」 美穂が云った。 「多くの学生に取って、今の大学はレジャー・ランドさ。」 「だけど運動家の奴等に云わせれば、そんなのは、政治家の思う壺って理由なんだろうな。」 「思う壺でも皿でも好いさ。 街を変える事さえ出来ないのに、国を変えるなんて、其れこそ意味の無い話だ。」 7月20日、私はみゆきに逢い、其の夜、横浜花火大会へ行った。 山下公園には、既に沢山の人が集まって居た。 芝生の上はもう坐る場所が無く、海岸縁のアスファルトの上にハンカチを敷いて、二人で坐った。 出店で買ったフランクフルトを食べていると、一つ目の花火が上がった。 花火は、沖の船の上から打ち上げられた。 間近に視る打ち上げ花火は、かなり迫力が有った。 花模様を夜空に描いた後の花火の雫が、自分の顔の上に落ちて来そうで、怖かった。 実際は、我々が居る処よりずっと離れた海の上で、花火は光っているそうだった。 花火が光る度に、彼女の横顔が違う色に染まった。 暫くして、私は首が痛くなった。 然し、顔を真上に向けなければ花火は見えず、周りは人が一杯で身体を倒す事も出来なかった。 最後に一際華やかな水中花火を見せ、拍手と歓声の中花火大会は終わった。 「矢張り、花火は遠くで視るものだ…。」 立ち上がって首を押さえながら、私は云った。 我々は、公園の側の海の見えるレストランで、食事をする事にした。 ボーイが、持って来たワインのラベルをみゆきに見せ、何か喋ってから、其れをグラスに注いだ。 未だ首が痛かった。 「随分痛そうね?」 彼女は云った。 「君は痛くならなかったの?」 私は不思議に思って訊いた。 「少し痛かったわ。」 彼女は、痛いのを我慢して尚視てる方が不思議だと、云いた気だった。 然し私は、首を温める為にホテルへ行く提案を、忘れなかった。 彼女の肌は透き通る様に白かった。 「あれ? 君は処女かい?」 行為の途中で私は云った。 彼女は眼を開けて、小さく頷いた。 「御免なさい…。」 「否、謝る事は無いさ。」 其の年、私は仲間内からバージン・キラーと異名を取る程、よく処女に巡り逢った。 私は、処女と非処女を分けて考える事は余りしなかったが、唯処女の香りを知っていた。 女の子の認識の違いに因って個人差は有ったが、処女の恥垢の匂いは印象深かった。 汗、体液、恥垢、トリコモナスと言った匂いが混じり合い、一種異様な香りがした。 小陰唇の裏側に、豆腐の粕の様な物がへばり付いている事も有った。 処女は、今まで腰に強い衝撃を受けた事が無い為、其のショックは大きく、女に拠っては発熱したり、時には吐いたりする者も居た。 みゆきは、額から、身体全体からジワッと汗を出した。 我々の格言に、「処女に頭の痛い思いをさせてはならない。」と言うのが有った。 彼女達は無意識に、ベッドの上へ上へと逃げて行った。 頭がベッドの端に当たって、もう其れ以上上へは行けないのに、板に頭を押付け尚も逃げようとした。 私はみゆきの身体を、何度もベッドの中央に引き戻しながら、行為を続けた。 セックスの後、みゆきは未だ少し気が動転しているのか、シャワーへ行く余裕が無かった。 私はティッシュで彼女の粘膜を拭いて遣った。 部屋の冷房を弱くする為、私はベッドを離れた。 「処女は嫌い…?」 私がベッドに戻って煙草に火を点けた時、彼女は云った。 「どちらでも無いさ。」 「そう…? 何か面倒くさくて、急度嫌いだと思ってた…。 でも嬉しい。 此れからは…。」 「女は10回目までは処女だと、俺は思ってるよ。」 「…。」 「処女とそうでない女と分けるのは、おかしいと思うな。 少なくとも、1回だけした娘と処女とは、何処も違わないさ。」 「そうなの。残念ね…。」 「次からは痛くないとでも、思ったのかい?」 私はニヤニヤしながら云った。 「そうは思ってなかったけど…。 じゃあ、早く10回やって頂戴な。」 私は煙草をシーツの上に落とした。 翌日、三栄荘に香織とフー子が遣って来た。 2日前、二日酔いの和代を送って行った時、柳沢は急遽あさって帰省すると云い、帰省を1日見合わせたフー子と一緒に帰る事になった。 私と香織は、二人を上野まで見送りに行った。 夏の太陽が眩しく照り衝けていた。 「然し、お前も随分急だな。」 高崎線のホームで、缶コーヒーとお菓子を買い込んでいる柳沢に、私は云った。 「柳沢君も、早く彼女に逢いたいんでしょう?」 香織が云った。 「実は、其の通りだ。」 お菓子をフー子に手渡しながら、柳沢は云った。 「此れだわ…。 好いわねえ。 二人して愛する人の待つ処へ、帰って行けるなんて…。」 「あら、香織だって、東京で其方らの彼と夏休みを過ごすんでしょ? 私達が帰ったからって、余り喜び過ぎてると失敗するわよ。」 「御忠告有り難う。 早く帰り為さいよ。」 「でも恋人に逢う前に、電車の中で新しいロマンスが生まれるんじゃねえか?」 私は云った。 「其れは、素敵だわね。」 フー子が云った。 柳沢は笑っていた。 発車のベルが鳴り、二人は電車に乗り込んだ。 車内は割合空いていた。 座席を決めてから、柳沢が窓を押し上げた。 「じゃあ。」 「又ね。」 「元気で。」 「バイバイ。」 電車はゆっくり、そして次第に速くホームを滑って行き、やがて小さくなった。 私と香織は、階段の方へ歩き出した。 〈一四、横浜花火大会〉 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年02月12日 10時51分53秒
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