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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年11月11日
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   45. 豊島園遊園地〔前編〕


 「赤サク」を出た後、世樹子とノブは一寸飯野荘へ寄って来ると云った。
柳沢と私は三栄荘へ戻り、彼女等を待った。
優に1時間は経過した後、漸く二人の階段を上る足音が聴こえた。
「着替えと化粧直しにしては、随分遅かったじゃない?」
「気が変わったのかと心配したぜ。」
「御免なさい。
実は二人でお弁当を作ってたのよ。」
「弁当…?」
私は世樹子が手に下げているバスケットに眼を遣った。
「趣味に合わなかったかしら…?」
「とんでも無い。
至上の幸福を感じる…。」
「中身は何だい?」
「急いだから、大した物作れなかったの。
サンドイッチと簡単なおかずだけ…。」

 高田馬場で国電に、更に池袋で西武池袋線に乗り換え、我々は豊島園に遣って来た。
1日券を買って入場すると、直ぐに「スカイ・ダイバー」と言う名の乗り物が眼に付いた。
平日の遊園地は、よく空いていた。
「此の分だと、全部の乗り物に乗れそうだな。」
私は云った。
「全部乗る積もりなの?」
「当然だろ。」
「でも、此処広いわよ。
1日で全部乗り切れるかしら…?」
「多分、無理だな。」
柳沢が云った。
「無理かどうか、やってみなけりゃ解らんさ。」
「息も付かずに乗り捲る積もりか?」
「其の為に1日券を買ったんだろ? 
大体遊園地に来て、ゆっくり寛ごうなんて間違ってるぜ。」
「成程…。
よし、じゃあ今日は気合を入れて、真剣に遊ぶか。」
我々は「スカイ・ダイバー」の入口に遣って来た。
「面白いのかな…?」
其れは観覧車の様な乗り物だった。
「さあ? 
余り期待は出来そうに無いが、まあ、小手調べって事で…。」

 2人掛けのシートの片方にハンドルが付いていた。
「何の為だろう…?」
私はハンドルの付いている側に坐りながら、隣のノブに云った。
ノブは笑って首を傾げた。
ベルトをロックしてから、私はハンドルを廻してみた。
宇宙船が少し傾いた。
「成程、こう言う事か…。」
各船に客が全員乗り込むのを待つ間、私はハンドルを左右に廻して、どれ程迄傾くのかを試していた。
中々上手く行かなかったが、私は遂に、宇宙船は1回転出来る事を発見した。
ノブが小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫かい?」
「ええ、一寸愕いただけ…。」
其の操作にはコツが有って、初めは1回転させるのが精一杯であったが、私は直ぐに要領を掴んで、船をクルクルと廻し始めた。
未だ停止している観覧車の中で、1個だけが回転していた。
発動のベルが鳴った。
「ノブちゃん、スリルは好きかい?」
「大好きよ。
思いっ切りやってね。」
「OK…。」
観覧車は廻り始めた。
私は、どうせ大したスピードは出ないのであろうと構えていた。
観覧車は次第に回転の速度を上げて行き、然し予想していた速さを越えて猶、加速を続けた。
観覧車は物凄いスピードで回転し始めた。
「こいつは、すげぇな…。」
私はハンドルを廻して宇宙船を回転させた。
高速の中でのハンドル操作は、停止している時よりも更に技術を必要とした。
ノブは座席の前の握り棒を確り握り締めて、身体を硬くしていた。
私の編み出した最も高度なハンドル・テクニックは、宇宙船が一番低い位置、係員が立っている昇降ホームの間を通過する時、船体を180度傾け、真っ逆様になって通り過ぎるものだった。

 「スカイ・ダイバー」は素晴らしい乗り物であった。
私とノブは宇宙船を降りると、先に降りて待っている柳沢と世樹子の側へ歩み寄った。
「最高だったな…。」
私は云った。
「そうか…?」
柳沢は同意しかねる口調だった。
「とっても面白かったわ…。」
ノブは胸を押さえながら云った。
「確かにスピードは有ったが、まあまあのスリルだった。」
柳沢は云った。
「鉄兵君があんまりクルクル廻すから、私もうフラフラよ…。」
ノブが愉しそうに云った。
「クルクル廻したって、どう言う事…?」
世樹子が訊いた。
私は少しコツが必要であったが、宇宙船を回転させる事が出来た旨を説明した。
「嘘…、廻せたの? 
俺、傾くだけかと思った。」
「本当? 
何か私達、損した気分ね…。」
「君等は『スカイ・ダイバー』に乗ったとは云えない。」

 正午を過ぎて、我々はベンチに腰掛け、世樹子とノブが作った弁当を食べ始めた。
「おぉ、凄い! 
唐揚げが有る…。」
おかずのバスケットを開けて、柳沢が云った。
「時間が無かったから、味は余り保証出来ないわよ。」
「其れには何が入ってるんだい?」
未だ開けられていないバスケットを指して、私は訊いた。
「あ、此れ…、おむすび…。」
ノブが云った。
「え! 
むすびも有るの?」
サンドイッチを口に銜えた儘、柳沢は云った。
「男の人ってどれ位食べるのか、よく解らなくて…。」
「ノブちゃんがね、サンドイッチだけじゃ足りないだろうから、おむすびも作ろうって云ったのよ。」
「でも、多過ぎたかしら…。」
「大丈夫よ。
此の人達痩せてるけど、よく食べるんだから。」
午前中は疎らだった客足も、最好の天気に誘われて少しずつ増え始めた。
唯、子供連れの家族の姿は殆見られず、若いカップルが非常に眼に付いた。
「ノブちゃんが握ったのは、どれ?」
私はむすびに手を伸ばしながら、云った。
「ふぅん、ノブちゃんのが食べたい理由ね…?」
「どれがどれか、もう解らないわよ。」
「待って、…確かこっちから半分が、ノブちゃんが作ったのよ。
はい、鉄兵君、どうぞ。」
柳沢は無造作に、むすびのバスケットから1つを取ってパク付いた。
「柳沢君、美味しい?」
世樹子が尋ねた。
「ああ…、美味いよ…。」
「そう、良かった。
其れ、私が握ったおむすびよ。」
「へえ、矢っ張り…。
そうじゃないかと思ったんだ。」
「まあ、有り難う。」
「此の微かな塩味は、急度世樹子の手汗…。」
「ちゃんとラップの上から握ったわよ!」
「え? 
じゃあ、ノブちゃんのも、そうなの?」
私はノブに訊いた。
「ええ、そうよ。」
「何だ、直接手で握ってからラップに包んだんじゃないのか…。」
「普通、そんな事しないわよ。」
世樹子が云った。
「そうだったのか…。」
「当然でしょ。
食べる人の事考えたら…。」
「そうかな? 
食べる人の事を考えて、直に握って欲しかったな。
ノブちゃんの手汗の味を噛み締めながら、食べたかった…。」
世樹子とノブは眉を寄せた。

 二人の作った弁当は、其の量に於いて豊富を誇るものだった。
彼女等は控え目な食欲を示した。
私と柳沢は前夜強か酒を呑んでおり、又睡眠不足気味でもあったが、時間を掛けて全部食べ尽くした。
そして私は、食後の乗り物はバイキングしか無いと主張した。
「そいつは好いな…。」
「どうして?」
「乗ってみれば、解るよ。」
バイキングの前には、待っている客が1人も居なかった。
我々は2人ずつに分かれて、其々両端の一番高い処に坐った。
「ノブちゃん、一寸変な事訊くけど…。」
私は云った。
「何…?」
我々だけでは流石に運転を始められず、バイキングは今少し他の客が遣って来るのを待っていた。
「ゆうべさ、俺、真夜中に、其の…、君に何かしたかい…?」
私は其れと無く、彼女を観察した。
「何かって…?」
ノブは表情を変えなかった。
(矢張り、夢だったか…。)
「否、ゆうべ俺、夢を視てさ…。」
「どんな夢…?」
「其れが、とんでも無い夢なんだ。」
「…。」
「怒らないで呉れよ。
夢の話なんだから…。」
ノブは頷いた。
「君の夢なんだ。
君が隣で寝ていた所為だろうけど、君とさ、其の…、キスをしたんだ。
夢の中で…。」
「…。」
「気を悪くしたら、御免。
でも嘘じゃないんだ。
唯、本当に…。」
「私も同じ夢を視たわ…。」
「え…!?」
私は身体に水を浴びた様な感覚を覚えた。
思わず振り向いて、彼女の顔を見詰めた。
彼女は変わらない微笑みの表情で、私を視ていた。
「同じ夢って、まさか…。」
胸に、緊張に似た得体の知れない物が込み上げて来る中で、私は彼女の先程からの微笑みの理由を理解した。
「…あの、部屋の布団の中で、キスした夢かい…?」
「ええ。
キスの後、鉄兵君、他にも何かしたわ…。」
決定的であった。
「否、…俺、寝惚けちゃっててさ…。」
云った後で、私は(しまった…。)と思った。
彼女の胸の辺りを、私の視線が掠めた。
そして私は、紗に包まれた記憶の中で、何の抵抗も無く唇を、又私の手が其の胸に触れるが儘に許した彼女の様子を、想い出していた。
気が付くと、世樹子と柳沢が此方へ手を振っていた。
私とノブも振り返した。
発動のベルが鳴った。


                         〈四五、豊島園遊園地[前編]〉






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Last updated  2007年03月20日 15時05分37秒
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