何を隠そう、初めて行ったロックコンサートは「レインボー」だった。当時は滅法気に入ってたア
リッチーブラックモ。とにかく、演奏はギャーギーギョーヨヨーンという感じで全然曲が無茶苦茶に聞こえた。お決まりのギター破壊があり、燃えた。
当時、まだMTVも日本に入ってきておらず(故にビデオバンドといわれたディランディランとか存在しなかった)、見れる海外音楽テレビと言えば、小林勝也の「
ベストヒットUSA」だけだった。
その中で、ある夜、ジミヘンドリックスのギターを燃やすシーンが出てきた。「かっちょいい」私は、
元祖ギター破壊ジミヘンに狂ってしまった。
いやはやコンサート会場を出た私の耳はまだキーンとなったまま、よく聞こえなかった。
昨日の血痕士気には、母の弟も来ていた。専ら、無教養で憎めない自由人な感じである。8月に数年ぶりに田舎に行った時に会った。彼は「お、ひさしぶり」と言う言葉は発せず、「おまえか。ビール飲もか」といって瓶ビールを数本出してきて、昨日も出会ったように世間話をしている。「それでよ、おまえよ、」と話に必ず枕詞が出る。
彼は植木屋である。私の植木屋のイメージは(造園屋でもガーデナーでもない)昔、ヤク中から更生して、いまはのんびりやってるよ~ってなものだ。彼は、実家の仕事を手伝っていたのだが、1回目の離婚をきっかけに植木屋に見よう見まねでなった。
昨日も同じテーブルで笑っていた。隣に座っても落ち着く珍しい親戚である。
彼が、「おお、アラファト死んだなあ」といって少しびっくりした。が金持ちの家庭に生まれ事業に大成功した後に、パレスチナ解放のに身を捧げた30歳からずっと中東の中心人物、そら知ってるわな。
関西には近江の薬売りが。関東には新潟の毒消し売りが。
関西では箱寿司が。関東では握り寿司が。
関西では油揚げがのったそばが。関東では揚げ玉(天かす)がのったそばが。
関西では腹から裂いて蒸さずに焼く蒲焼が。関東では背から裂いて蒸して焼く蒲焼が。
これもフォッサマグナの影響か。