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カテゴリ:うつほ物語
その三の二のニ 仲頼の三条殿来訪
翌日のことである。 その日、左大将は中の大殿で娘の琴を楽しんでいた。 女達は音の流れを邪魔しない様に、しかしそれでも話をすることを止められない。 「…やっぱりあて宮の琴は格別ね」 「羨ましいわ。どうしたらあんな風に弾けるのかしら」 「でもあて宮が稽古とか熱心にしているのを見たことがあって?」 「私は無いわ」 「私も」 「才能って素晴らしいけど… 残酷ね」 さざめく様な小声が、御簾の中で交差する。 と。 「四郎、どうしたの」 中君が弟の姿を認めた。 「お久しぶりでございます、姉上。父上、少将仲頼が参りました」 息子の一人の声に、ああ、と左大将正頼は顔を上げた。と同時に琴の音も止む。 「仲頼が戻ってきたのか、しばらく噂にも聞かなかったが、遊び歩いているうちに斧の柄も朽ちてしまったらしいな」 ほほほ、と女達の笑い声が響く。 「一体何処へこの一月行ってきたのやら」 そう笑いながら、呼び寄せる様に息子に命ずる。 「ここでお会いしよう」 そう言うと、 御簾の向こうには女達も控えている。 「お久しぶりでございます」 仲頼は深々と挨拶をする。 「どうしたのかと思っていたよ。ここの所、内裏でも姿を見ないし、うちにも来ないし」 皆寂しがっていたぞ、と左大将は軽く皮肉めいた口調で言う。 「大変恐縮にございます。 「おや、その不思議な人とはどなたのことかね。わしにはとんと思いつかないが」 ほら来た、と仲頼は思った。 仲頼ら内裏の人気者が揃って吹上へ行ったことは、表沙汰にはなっていないが、周知のことだった。 「かの国の 「ほぉ」 「部下の松方が居りましたのを見つけ、立ち寄ったころ、あるじの君が一日二日、馬や牛を休めてから帰京なさいとお止めになりましたので」 「だが一日二日では済まなかった様だな」 「それはもう。世に言う西方浄土に生まれた様な気持ちになる場所です」 ほぉ、と更に周囲は話に耳を傾ける。 「四面八町を金銀瑠璃など目の眩む様なもので造り磨き、周囲には千もある供養塔や、金堂や講堂、その他色々な建物が限りなく立ち並び、孔雀や 女達の口からもため息が洩れる。 「…でまあ、実際のところ、見たものをそのまま申し上げることもできませんので、あちらの様子を少しでもお解りになっていただこうと思い、本日はあちらのお土産を持参致しました」 なるほど、と左大将はうなづく。 「それは楽しかったろうに。確かにその昔、 「出立する前に立ち寄った右大将どのもそうおっしゃってました」 「さもあらん」 ははは、と口を大きく開けて左大将は笑う。 「 いやいや、と扇をひらひらと振る。 「本当に素晴らしい人であったから、子供の心すらときめかせたのであろう。しかしここ数年来、噂も聞かなかったのだが、その若君はどんな風にご成長なさっていたのかな」 「まことに素晴らしい方です。姿形はともかく、どことなく侍従仲忠と似通ったものを感じました」 「しかし、琴ばかりはそうはいかないだろう?」 「いえ、それが、琴の方もなのです」 「何」 え、と女達も思わず身を乗りだした。 「仲忠と言えば天下の名手。帝すら彼に弾かせるのは至難の業と言われている。その彼に勝るとも劣らないというのかね?」 そうよそうよ、と女達も小さな声で抗議する。何と言っても仲忠びいきの者がこの場には多かった。 「少なくとも聞いた自分の耳にはそう感じ取ることができました。仲忠がその場では弾くことを拒みましたので、比べることはできませんでしたが…」 「ふむ。誰と誰が一緒だったのかね?」 「仲忠と行正を誘いました。他も近衛司人の中から選んだ者ばかりで」 「何とまあ、贅沢な旅だったのだな。それだけの者が集まって何かと遊んだとは! 道理で内裏も閑散としていたものだ。帝も話をお聞きになれば悔しがられるのではないかね?」 恐縮です、と仲頼は顔を赤らめる。 「しかしその吹上の宮というところは何というか、凄いところの様だな」 「いやもう、本当に凄いです。種松という男は大層な物持ちです。そうそう、これです」 そう言って、仲頼は持参した馬二頭と、鷹二羽、それに 「ほぉ、これは面白い」 左大将は細工の馬を手に取ると、あっちに返しこっちに返し、どうなっているのかと興味津々の様子である。 「おい、ちょっとお前達の婿君や子供達も呼んでおいで。面白いものがあるからと」 早速呼ばれた男達も、特に子供達が、ひとりでに馬が動くからくりに目をむいていた。 仲頼はやや得意になって言う。 「これは頂いたものの千分の一に過ぎません。こういう玩具の様なものだけでなく、実用品も色々ありました。いやもう、何の気なしに都を発ったのですが、思いがけない物持ちになって帰ってきてしまいました」 すると左大将は笑い、 「それはまた羨ましいね。わしも近衛府の役人になって行ってみたいものだ」 いやもう、と仲頼は照れるばかりだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.11.27 14:43:06
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