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2017.12.30
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カテゴリ:うつほ物語
その一の一の一 正頼さんとこの婿選び

「いやはや、凄いものだったよ」

 相撲の節会に始まり、新尚侍任命に至るまでの出来事を妻に語る時、正頼はどうしてもこの言葉を差し挟まずには居られない。

「それ程、新しい尚侍は素晴らしい方なのですか?」

 大宮は夫に問いかける。

「無論、実際に姿を見た訳では無いが… あの琴の音、それに宮中の女房達が聞いたという帝への受け答えといい、尚侍として相応しい人物であることには間違いないな。…そう、あの琴の音は、そなたにも是非聴かせたかった」
「兼雅どのの奥方であることが勿体ないですか?」

 ふふ、と大宮は笑う。

「どうであろうな… まあこちらとしては、わが仁寿殿の立場を脅かす様な女性が帝の側に居るのは嬉しいものではないから…」
「そうですね。ところで節会も終わったことですし、来月の婚儀のことをそろそろ…」



 相撲の節会が終われば、すぐに八月である。
 秋とは言え、未だ暑い日々は続く。
 暑さに耐えかねて、皆内裏にも出仕せず、家に籠もっている有様である。
 そんな中、左大将家の婿取りが俄に注目を浴びる。
 節会の前から、既に宣旨が出されている。
 仲忠には、帝の女一宮を。
 涼には、正頼の十の君、今宮を。
 この二人に関しては、正頼も気合いが入っていた。
 姫君達の調度や装束を始め、上下の仕人まで、容姿の美しい者を選び、格別に念を入れて揃えさせていた。



 正頼はそれに加え、その下の未婚の姫君達をあて宮に懸想していた人々にこの際与えてしまおうと画策していた。
 一応、正頼夫婦はこの様に考えていた。
 大殿の君腹の十一の君を兵部卿宮に。
 おなじく十二の君を平中納言に。
 大宮腹の十三の君、袖宮を兼雅に。
 おなじく十四の君、けす宮を実忠に。
 そう思って、正頼はそれぞれの人々に打診し始めたのだが。

「何だと、皆断ってきたと?」

 何ってことだ、と正頼は驚く。

「一体どうして」
「はあ、それが…」

 使いの者は説明する。
 懸想人達は皆あて宮に深く心を捧げていた。それはそれはもう、とても深く。
 なのに、入内して間もない今、ここで婿入りの返事をしたならば、あて宮に対して申しわけない。
 そう考えている、とのことである。

「特に実忠さまのご様子ときたら…」

 使者はため息をついて報告する。
 成る程、と正頼も思う。

「困ったことだ。誰もかれも、私の下の娘では満足しないというのか。…まあ仕方がない。あてこそ以外の姫では嫌だ、というものを無理に勧めてもなあ… と言っても、一人の姫を皆にあげる訳にはいかないし」
「そうですわ。気の進まない人と結婚したらそれこそ娘達が可哀想ですわ」

 大宮はきっぱりと言う。

「そうだな。…だがしかし、どれだけ気が進もうと進まなくとも、仲忠と涼の二人だけはは別だ」

 正頼の言葉に思わず力が入る。

「あの二人だけは、本人達がたとえどう言おうと、強いてでも結婚させなくては。帝がわざわざ吉日を選んで、女一宮と今こそを娶る様に、と厳命をなさっているのだぞ」

 八月十三日が二人の婿取りの日と決められていた。



 さて決まってしまうと、気もそぞろになるのが、当の本人達である。
 毎日の様に、美しい調度が自分の部屋に運ばれ、衣装が用意される。
 自分に果たして似合うのか? と今宮はそれを見ながら首を傾げる。
 気が付くと、見知らぬ美しい女房が増えている。自分の側にたむろしていたお喋り好きの者達が微妙に減っている。
 あの者達はどうしたの、と乳人子に問いかける。正頼の命で、婿君に似つかわしくない女房は遠ざけられたとのことである。

「私ももう少し言葉をゆったりさせる様に、と母に言われましたわ」

 乳人子はそう頬に手を当て、ため息をつく。

「確かに涼さまが御婿さまとしていらっしゃるのは、私共、とってもとっても嬉しいのですが、そのために仲良しの女房達が消えたり、姫さまより顔だけは小綺麗な女房達が揃えられたりしても、何か、嫌ですよねえ」

 伊達に今宮と長く付き合っている訳ではなく、この乳人子も辛辣である。

「だいたい小綺麗な女房が涼さまをたぶらかしでもしたら、姫さま、どうなさるんですか」
「…お前それ、何か私にすごく失礼じゃない?」
「そりゃ、姫さまは、御顔は藤壺のあて宮さまと同じでとっても綺麗ですわ」
「じゃあいいじゃないの。だいたい顔なんてそうそう見るもんじゃないでしょ」
「結婚すればしげしげと見られますよ。見てもいいのが御夫君なんですから」
「…」
「で、今宮さま、御化粧とか嫌いじゃないですか。特に御白粉」

 う、と思わず今宮は退く。

「まあお顔はそれでもいいんです。それより殿方の興味はやっぱり何と言っても御髪の方ですから」
「そ、そうよ」
「でも御髪だって、確かに色の方は仕方ないとは言え、ちゃんと御手入れすれば、波打つにしたところで、美しいものになるでしょう? それを普段、面倒とか何とかおっしゃるから、絡まって絡まって、いつも私どもは解きほぐすのが厄介で…」

 そうなのだ。彼女とあて宮の最も大きな違いはそこにある。
 顔の相似は大した問題ではない。だが髪の違いは大きいのだ。

「ですから、今日からでも」
「…そういうことは、もっと小さい頃に言って欲しかったわ」
「はあ? 私も母も散々言いましたが?」

 そう言われてしまったら仕方が無い。
 今宮は不本意ながら、その日から髪の手入れにいそしむ羽目となった。



 一方、女一宮は既に肝が据わっていた。
 元々帝の女一宮、最愛の娘であるという自負。
 そして何と言っても、その最愛の仁寿殿女御譲りの美貌。と言うか可愛さ。
 特にその髪の美しさは、よくあて宮と比べたと言う。
 彼女には不安は無い。仲忠の心以外は。
 もっとも、それに関しても既に彼女は「どう仕様も無い」と割り切っていた。
 自分は仲忠がずっと好きだった。
 だからその仲忠を夫に迎えることができるのは、運がいいのだ。
 そう思うことにした。
 それ故に、今になってぐずぐず言っている同じ歳の叔母の態度がどうにも煮え切らなかった。
 元々は性格は逆だったはずだ。彼女の方がいつも自分を引っ張っていったはずだ。「女房」などと嘘をついて、涼と文通もしていたはずだ。
 なのに今はどうだ。

「それはやっぱり本当に涼さまのことがお好きになったからではないですか?」

 彼女の乳人子がそう答える。

「そういうもの?」
「宮さまは、仲忠さまはお好きとおっしゃっても、お文を交わしたことはございませんでしょう?」
「文を交わすってのはそんなに違うの?」
「違うと思います」

 そう言って乳人子はうっすらと顔を赤くした。成る程、彼女にもそういう相手は居るのか、と一宮は納得する。

「特にその、今宮さまは自分が大殿さまの姫君ということをお知らせせずに御文をお交わしになったのでしょう? 女房相手だと思うと、殿方は結構思ったことをずけずけとおっしゃいますわ」
「そのずけずけ加減が好きになったのかしら」
「どうなのでしょう。でも私、正直今宮さまは、もうとっくに御正体を見抜かれていると思いますわ」

 思わず「えっ」と一宮は乳人子の方へと身体を乗り出した。

「だってそうですわ。私達と姫さま達の書きぶりは全く違いますもの。御書きぶりにせよ、御手跡にせよ」
「そ、そう?」
「ええ」

 乳人子は朗らかに笑う。

「特にあの今宮さまでしょう? おそらく、涼さまはどんな内容であれ、非常に面白く読まれたのではないでしょうか」

 うーん、と一宮は考え込む。

「それじゃあどうなのかしら。涼さまとしては、今度の婚儀のことは」
「そうですね。殿方はだいたいこうおっしゃいますわね。外面としては、『思いもよらずにこういうことになってしまいました』。当の本人には『ずっとお慕いしていました』」
「なぁにそれ」
「どうしても何か殿方というのは、一人の女性に縛られている御自分の姿は、あまり信じたくない様なのですわ。全く」
「何、お前の――― もそうなの?」
「宮さま」

 ぴしり、と乳人子は押さえる。

「でも、仲忠さまはそういうことは無さそうな気が致します」
「え、え?」

 いきなり仲忠の話題が振られて、一宮は焦る。

「これは宮さまと一緒に仲忠さまのお姿を拝見していた私の感想ですが―――」

 何、と一宮は身体を固くする。

「あの方は、あれ程皆から好かれているのに、何となくそれを信じていない様に思われるのです」
「あ、お前もそう思った?」
「はい。もっとも、宮さまがあの方のことをお好きということを知っているから、私にもそう見えたのかもしれませんが…」

 そうなのだ。
 確かに一宮が仲忠を好きになったのは、彼の容姿や声、とっさの受け答えや、周囲の友人達と遊ぶ様、それらを御簾越しに見たり、女房達から情報を聞いたりした結果だが―――
 何よりも、その仕草の中に時々ある、ひどく虚ろな笑み。
 それが彼女の胸を突いた。

「あの方は、楽しそうにはしてらっしゃいますが、本当に楽しんでらっしゃるのか、…正直私は判らなくなります」

 確かに、と一宮は思った。







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最終更新日  2017.12.30 07:01:09
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