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カテゴリ:孤舟
だが、その末路を考える時、禅師は急にさきくさが疎ましくなるのを抑えきれなかった。
さきくさには老い先を看てくれる子も弟子もいない。頼りになる身内なしに一人で老いて行くということがどれほど恐ろしく惨めなものか、さきくさの生涯をずっと側で見ていた禅師は思い知った。 今、目の前にある棺。寂しい河原に打ち捨てられて、獣に無残に食い散らされて行くこのさきくさの姿が、孤独な遊女というものの末路なのだ。 そうなることが、禅師には堪らなく恐ろしかった。だから、娘の蔵人が生まれると、必死になって今様や舞の芸事を仕込み、それほどでもない容顔を磨き上げ、高価な衣装で常に身を飾らせて来た。それだけではない。吝い女だと陰口を叩かれながら小金をため込み、その金にものを言わせて娘を都で売り込むだけでなく、他人を押し退けてまで京で商売を広げて来た。 それは皆ただ一つのことのため、さきくさのようにならないようにするためだ。 だが、さきくさの棺を眺めながら、禅師は考える。はたしてそれは叶ったのだろうか。 娘の蔵人は確かに都でも名を知られる遊女の一人になれたが、禅師に似て吝嗇で思いやりに欠ける女だった。それに、禅師に増して気が強い。きっと商売の方は上手く切り盛りしてさらに手を広げて行くだろうが、老いた禅師の面倒を優しく看てくれるかと言うと、どうも心もとない気がする。それに、隠居してしまえば、これまでため込んだ金銀も禅師の自由にはなるまい。これで身体が利かなくなったら、一体どうなるだろう。戦でも始まれば、真っ先に置き去りにされて捨てられるに違いない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年09月25日 09時31分12秒
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