留置権の話
けっこう前に後輩に聞かれたんで、勉強がてらに記事を作ってみた記事です。司法試験でも出るようなところなので、油断なりません。 具体例から考えた方が分かりやすいので具体例から。 手っ取り早いところで、パソコンの修理と言うことを考えてみましょう。 パソコンを修理するために壊れたパソコンを修理業者に渡す、と言うことになります。 修理業者としては代金3万円とすると、3万円をもらう代わりにパソコンを修繕した上で依頼者に引き渡す債務を負担していることになります。 しかし、代金3万円が後払いの場合。 代金払わないから、と言ってくる不届き者依頼者が現れるかもしれません。しかも、依頼者はすでに修理されているのを見澄ましてよりによって裁判を起こして「あのパソコンの所有権は自分にあるから自分に引き渡させろ」と言ってきました。 そんなむちゃくちゃな、と思うかもしれませんが、所有権者が引き渡せと言ってきたら適法にそれを手元において置ける権利(占有権原)がない限り引き渡さなければならないのが原則です。 ここで真っ先に登場願うのは、実は本日の主題の留置権ではなく、同時履行の抗弁権(民法533条)の方です。 契約をする場合、お互いに債務を負担すると言うことが多いので、そういうときは同時にやれと主張できる権利です。今回でいうなら、修理業者はパソコンを引き渡すと言う債務と修理代3万円を支払うと言う債務は同時にやれと主張できます。つまり、3万円を払うまでパソコンは渡さないよと言えます。 それでめでたしめでたしとなるのでは今日の話が続きませんね。 そのパソコンの持ち主はどこまでもしたたかだったようで、なんとそのパソコンを赤の他人に売りつけてしまいました。つまり、パソコンは赤の他人のものになってしまったわけです。他人に預けてあるものを売ってはいけないと言う法律はどこにもありません。他人の所有しているものすら売って差し支えない(民法560条参照)のですから。 赤の他人に向かって、3万円払えと言う権利は修理業者にはありません。同時にやれと言うにはお互いに債務を持っている必要がありますから、同時履行の抗弁権を盾にしてもパソコンは赤の他人に取り上げられてしまうのです。 元の持ち主は売った金で新品のパソコンを手に入れてホクホクした上に行方をくらまし、赤の他人はそんなの知らないよと言ってきたりしたら、業者としてはもう泣くしかありません。3万円の債権はありますが、どこにいるかも分からない相手に執行できるなんていったって意味はないのです。 同時履行の抗弁権には同時履行の抗弁権なりの利点があるのですが、こういう場合は厄介なことになってしまうのです。 そこでご登場願うのが留置権と言う権利です。 留置権は、民法295条にきちんと定めがあります。担保権としては一番原始的なものかもしれません。第二百九十五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 つまり、パソコンと言う他人のものを占有している修理業者は、そのものに関して生じた修理代金の債権を有しているので、その債権の弁済を受けるまでそれを留置し続けてよいのです。 留置権と同時履行の抗弁権の違いは、同時履行の抗弁権が人に対して行使する権利であるのに対し、留置権は物に対して存在する物権だと言うこと。 意味が分からない人もいると思うのでもうちょっと分かりやすくいうと、同時履行の抗弁権は、主張できる相手は限られています。しかし留置権は誰が相手であろうと問答無用で私に留置権があるんだと言えば赤の他人に対しても主張できると言うことになります。 買ってしまった赤の他人が自分で3万円弁済するか、行方をくらました元持ち主を探し出して責任を負担させるかしないと、赤の他人がパソコンを手に入れることはできず、それまでパソコンを渡さないよ、と言うことができます。 では、元持ち主が、「3万払うくらいならあのパソコンは引き取らない」と考えたらどうなるでしょうか。 質にでも入れていたとかなら、問答無用でパソコンを売り払って3万円手に入れてよいのですが、留置権はもらったものを売り払うことはできません。手元においておくことができるだけの権利とされています。 ただし、大技として形式的競売と言うやり方があります。いつまでも手元において保管しておくのは面倒この上ないので、競売手続にかけて売り払って金銭にするのです。この金銭を自分のものにすることはできないのですが、競売にかかった費用はその金銭からもらえますし、金銭を渡すときに問答無用で相殺すると言う技を行使することができます。これなら金銭的な損はありません。 また、この事件ではありませんが、乳牛を預かっていると仮定すると牛から出てくる牛乳を売り払って弁済に当てることができます。えさ代などの費用は相手に請求できます。 では、先ほどの依頼人がパソコンを引き渡せと言う裁判を起こしたら、裁判所は依頼人の訴えを問答無用で退ける・・・と思ったらこれは大間違いです。 なんと裁判所は請求を認めます。それじゃ意味ないだろ、と思うかもしれませんが、裁判所は3万円と引き換えに引き渡しなさいと言う「引換給付判決」の形を取ります。向こうが3万円を払わなければ結局渡す必要はありません。この方が紛争が抜本的に解決されると言うわけです。 もっとも、留置権と言うのは強力な権利で、そのパソコンをすぐに使いたいけど金がなくて・・・と言う人もいるかもしれません。そのような場合、代わりの担保(例えば、パソコンの3倍の価値がある宝石とか)を出すからパソコン返して・・・と言うことも可能です。(民法301条) 冒頭に掲げたのは分かりやすい事例ですが、留置権の成立をめぐってはけっこう対立があるところもあります。「他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは」と言う要件の判断は厄介なのです。 留置権をめぐっては、借家関係で問題となることが多いです。 家を借りているとき、例えばネット回線をつないだりすると、建物にとって有益な費用として貸主に請求することができますが、借りた方がその金を払うまで家を渡さないよと言うことはできないとされます。債権はネット回線にあるもので家にあるもんじゃないだろと言うこと、第一値段が5,6桁のネット回線代のために8桁にもなる家を抑えられてはたまらないということがあります。借家人保護のために認めるべきだと言う見解も有力ですが、裁判所は採用していません。 また、敷金を返さないから家を返さないと言うことも許されないとされます。 ただし、屋根が雨漏りしたからその修理代を出せと言うように必要な費用については家を返さないこともできます。その間家に住み続けても良いのですが、その間の家として利用した利益は返還する必要があるとされます。 ちなみに会社同士の取引でも留置権が発生しますが、これについてはそのものに関して生じたなどと言ううるさいことはなく、何か取引をして預かったものを持っていて未払債務があれば問答無用で留置できます。(商法521条) 商法の取引は簡易迅速な決済で次々契約をするというのが前提なので、いちいちあの契約についてはこれ、こっちの契約はあれというような面倒くさいことは要求しないのです。 参考になれば幸いです。