(一体何!?)
蓮華がベッドから起き上がり窓の外を見ると、硝子越しに何かが燃えているのが見えた。
「全く、嫌な連中ね。」
病室に入って来た看護師―リンダがそう言って溜息を吐いた。
「あの、どうなさったんですか?」
「村の厄介者達が騒ぎを起こしたんですよ。あいつらは定職につかずに酒ばかり飲んでは暴れて・・困ったものだわ。」
「そうですか・・」
鬼族の世界でも、一族から追放された「逸れ鬼」が夜な夜な酒を飲んでは暴れていたが、ここでは厄介者でも村からは追放しないらしい。
「わたしの故郷では、そういった者達は一族から追放され、騒ぎを起こすと皆鞭打たれておりました。」
「そうですか。それは羨ましいわ。うちの領主様はお人好しな方でね、どんな人間でも更生できると信じていらっしゃるのよ。でも彼らは更生の余地は全くないわ。」
リンダの言葉の端々から、厄介者達に対する棘が含まれていた。
「あの、ここにはいつまで居られるんですか?」
「そうね。傷はもう塞がりつつあるから、あと数日かしら? あなた、ご家族は?」
一瞬香の顔が浮かんだが、蓮華は首を横に振った。
「そう・・もしよければわたしの家に来ない?」
「お言葉に甘えさせていただきます。」
蓮華はそう言ってリンダに頭を下げた。
「じゃぁね。あの馬鹿共のことは無視していいから。」
リンダは蓮華に微笑むと、病室から出て行った。
ちらちらと、炎が徐々に小さくなってゆくのを窓越しに見つめながら、蓮華はゆっくりと眠りに就いた。
翌朝彼女は、誰かが言い争う声で目を覚ました。
「本当にあの者を村に置くというのですか?」
「仕方ないでしょう。彼女には家族も、帰る家もないんですよ。家族が迎えに来るまで、彼女をこの村に置くのが当り前ではありませんか?」
「ですが俺は反対です! 何でも彼女は黒髪とか。」
「この際そういった馬鹿げた考えはお捨てなさい。」
口論している声は、丁度蓮華の病室の前で止まった。
「おはようございます。」
ドアが開き、あの神父が病室に入って来た。
「おはよう・・ございます・・」
「怪我の具合はどうですか?」
「リンダさんのお話では、数日後には退院できるとか。退院後は彼女の家で暮らすつもりです。」
蓮華の言葉に、神父は浮かない顔をした。
「そうですか。それよりもこれは、あなたのですか?」
神父は蓮華に懐剣を見せた。
「ええ、わたしのです。」
蓮華は懐剣を神父から受け取り、それを握り締めた。
建物が崩壊する衝撃で瓦礫の下に埋まってしまったのかと思ったが、懐剣はどこにも傷はなかった。
鬼族の次期頭領である妻の証が自分の手元に戻ってきたことが嬉しく、蓮華は安堵の表情を浮かべた。
「余程大切なものなのですね。」
「ええ。」
神父は一瞬、蓮華を探るような目で彼女を見たが、何も言わずに病室から出て行った。
数日後、退院した蓮華はリンダとともに、リンダとその家族が暮らす家へと向かった。
「うちには両親とわたしの3人暮らしよ。狭い家だから余り期待しないでね。」
「いいえ。見ず知らずのわたしを泊めてくださるだけでも有り難いです。」
2人が村の中を歩くと、村人達が布越しに見える蓮華の黒髪を見ながらひそひそと何かを話していた。
「気にしないで。」
「え、ええ・・」
鬼族の里にいた頃、人間との混血故にいじめられたが、次第に和解してからは同じ一族の仲間として暮らすようになった。
村人達の刺すような視線に、蓮華は思わず俯いてしまった。
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