「お客様に暫く待つように伝えて頂戴。」
「かしこまりました。」
家政婦が階段を降りる音を聞いた瑞姫は、化粧台の前に座って化粧を始めた。
「誰か来たのか?」
「ええ。余り会いたくない人が来ているようですけど。」
薄化粧を施した瑞姫は、クローゼットを開きその下に置いてある和箪笥の引き出しを開けた。
そこには、和紙に包まれた布のようなものが出て来た。
「それは?」
「振袖です。他に訪問着や普段使いのものも収納してあります。」
瑞姫は慣れた手つきでさっと振袖を一つ取り出すと、包んでいた和紙を解いてそれを広げた。
それは一面の雪景色に鶴が舞っているという絵柄が描かれている、冬向きのものだった。
夜着を脱いだ瑞姫は、素早く振袖を着て帯を締めた。
「どうですか?」
くるりとルドルフの前で一回転すると、彼はにっこりと笑った。
「良く似合っているよ。お前一人だと心細いだろうから、わたしも行こうか。」
「いいえ、わたし一人で行きます。」
瑞姫はそう言うと、ルドルフの手を握った。
部屋を出て階段を降り、客間に入った瑞姫は、ビロードのソファに座っている制服姿の女子高生を見た。
女子高生は瑞姫が入ってきたことを知ると、さっと立ち上がった。
「お久しぶりね、真宮さん。」
「あなたがわたしの家にくるだなんて、珍しいこと。学校で何かあったのかしら?」
そう言って瑞姫は彼女に笑ったが、目は笑っていなかった。
「ええ。」
女子高生はそう言うと、ソファに置いていた紙袋を手渡した。
「これは?」
「中身を見れば?」
瑞姫が紙袋の中身を見ると、そこには何冊かノートが入っていた。
「あなたの勉強が遅れないようにって、わざわざ西田君がわたしに持っていって欲しいって言われてきただけ。」
「あらそう。西田君にはお礼を言っておいて頂戴ね。わざわざお遣い御苦労さま。」
瑞姫は紙袋を受け取ると、客間から出て行った。
「何よ、偉そうに。」
女子高生はそう言うと舌打ちし、客間のドアを乱暴に閉めると、瑞姫の後を追った。
瑞姫は部屋に戻ろうと階段を上がろうとしていた。
だがその時、突然手首を掴まれ彼女はバランスを崩した。
驚いて振り向くと、そこには憎悪で顔を歪ませた女子高生がいた。
「ちょっとあんた、西田君の事どう思ってるわけ?」
「ただのクラスメイトとしか思っていないわ。彼と恋愛したいのならどうぞ。」
「何よそれ! 西田君はあんたの事が好きなのに、それを知っている上で言ってるわけ!?」
「離して、もうあなたとは話したくない!」
瑞姫はヒステリックにそう叫ぶと、騒ぎに気づいたルドルフが彼女達の間に割って入った。
「どうした、ミズキ?」
「何でもありません。」
瑞姫はそう言うと、乱暴に女子高生の手を振り払うと部屋へと戻って行った。
「あの子は?」
「同じクラスの人です。」
それ以上、瑞姫は何も言わず、机に向かってノートを取っていた。
時計が正午を指そうとした頃、机の上の充電器に繋いでいる携帯から軽快な着信音が鳴ったので、瑞姫は素早く携帯を開いた。
液晶画面には、“西田”と表示されていた。
「もしもし?」
『真宮、今何処?』
「家だけど?」
『近くまで来てるんだけど、会えるかな?』
「ごめんなさい、会えないわ。色々と混乱としてて・・」
『そう、わかった。』
瑞姫が携帯を閉じてルドルフを見ると、彼は怪訝そうな表情を浮かべた。
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