「あの、わたくしに何かご用でしょうか?」
瑞姫はじっと自分を見つめる男にそう問うた。
『いえ・・あなたが、遥か東の国から来た皇太子妃様ですか?』
男はフランス語でそう言うと、そっと瑞姫の手を握った。
『ええ。あなたは?』
『わたしはシャルルと申します、皇太子妃様。以後お見知りおきを。』
自己紹介した後、男は瑞姫に接吻すると、廊下の角へと消えた。
「皇太子妃様、こちらにおいででしたか。」
女官が瑞姫を見つけて慌てて彼女の方へと駆け寄って来た。
「どうしましたか、そんなに慌てて?」
「それが・・皇太子妃様に会わせろと、裏口から入って来た少年が・・」
「解りました。」
瑞姫はそう言うと、女官を従えて廊下を再び歩き出した。
『離せ、離せよ!』
瑞姫と女官が中庭へと続く廊下を歩いていると、近くで警備兵に取り押さえられている日本人と思しき少年が暴れていた。
「どうなさったの、何やら騒がしい事。」
「こ、皇太子妃様! さっきこいつがいきなり裏口から入って来て、皇太子妃様に会わせろと言って聞かなくて・・」
瑞姫がちらりと少年を見ると、彼はぴたりと暴れるのを止めて呆けたように彼女を見つめた。
『こ、皇太子妃様! 一度だけでいいから、写真を撮らせてください!』
少年はそう叫ぶと、ジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。
『ごめんなさい、写真撮影はお断りしているの。』
瑞姫がやんわりと断ると、少年は落胆した様子でがくりと肩を落とした。
その夜、瑞姫はルドルフから昼間の出来事を聞かれた。
「本当にお前が断って、彼は諦めたのか?」
「ええ。それにしても裏口から入ってくるだなんて・・そんなにわたしに会いたかったのかしら?」
瑞姫はそう言って苦笑すると、一口だけワインを飲んだ。
「もっと警備を厳しくしよう。最近は物騒だし、いつわたし達皇族がテロの標的になるかもしれないからな。」
「ええ。」
ルドルフの寝室で、今夜も瑞姫は夫に抱かれながら快感に震えていた。
「なぁミズキ、もしわたしが他の女とセックスしてたらどう思う?」
「さぁ。あなたは魅力的な方だから、女性達は放っておかないでしょう。わたしはそんな方の妻として、嫉妬でエネルギーの無駄遣いをしたりしませんよ。」
「言ってくれるな。」
妻の言葉に、ルドルフは苦笑した。
翌日、瑞姫はT伯爵夫人からのお茶会に招待された。
「皇太子妃様と皇太子様は本当に仲がよろしいんですのね。」
「ええ。」
「シュティファニー様とご結婚なさっていた皇太子様は余り幸せそうではなかったけれど、皇太子妃様といらっしゃる皇太子様のお顔にはいつも笑顔が浮かんでおりますわね。」
「本当に。シュティファニー様は色々と配慮が足りなさすぎたというか、余り人づきあいが良くありませんでしたものね。それに、何かと人を見下していらっしゃったお方ですから・・」
「皆さん、ここにいらっしゃらない方のことをお話しても仕方ありませんわ。皇太子妃様、バザーにはいらっしゃるの?」
「バザー?」
「ええ。色々と持ち寄ってその収益金を病院や孤児院に寄付しようかと思いまして。けれど中々人が集まらなくて、困っておりますの。」
「わかりました、参加します。」
瑞姫はそう言ってバザーの参加を快く引き受けた。
数日後、瑞姫はバザーでパイを焼いて救貧院の者達に振る舞い、子ども達に絵本の読み聞かせをしたり、歌を歌ったりした。
その日のバザーの収益金は1万ユーロに上り、それは全て病院や孤児院などに寄付された。
それから瑞姫は慈善活動を熱心にするようになり、いつしか彼女は帝国内で“東洋の天使”と呼ばれるようになった。
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