1999年2月、サラエボ。
バルカン半島はセルビア人、クロアチア人、アルバニア人との間に民族対立による内戦が1993年に勃発し、セルビア人勢力はサラエボ市内を空爆し、市民に対して迫撃砲などによる無差別攻撃を開始した。
シャルル達兄妹と両親は、常に命の危険に晒されながらも必死に生きていた。
19歳のシャルルは、1つ下の妹・ナジャリスタとともに反セルビア勢力のメンバーとなり、日々家族を守る為に敵と戦っていた。
そんな中で、末の妹で16歳であったエレーナがいつも戦火の中で暗く沈みがちな家を照らす唯一の太陽だった。
輝くような金髪と、宝石のようなエメラルドの瞳を持った彼女は、笑顔が素敵な、優しい少女だった。
「兄さん、姉さん、今日は大丈夫だった?」
いつものように家族の人数分のパンを買って帰って来たシャルルとナジャリスタに向かってエレーナはそう言って彼らを見た。
「ああ、大丈夫だったよ。狙撃手に気づかれないように買ってきたよ。」
シャルルは紙袋にぱんぱんに詰まったパンをエレーナに見せると、彼女は歓声を上げた。
「どうしたの、それ?」
「パン屋の親父が余分に持ってけってさ。あたし達の勇姿に感激したってさ。」
ナジャリスタはそう言ってポニーテールに結んだ黒髪をなびかせながら笑った。
「へぇ、そうなの。母さん達はもうすぐ市場から帰って来るから、今日は久しぶりにご馳走が食べられそうね。」
エレーナはシャルルから紙袋を受け取ると、口笛を吹きながらキッチンへと向かった。
数分後、両親が肉や野菜が入った紙袋を両手に抱えながら帰宅した。
「今日は裏道を通ってきたよ。」
3兄妹の父・ヤコブはそう言うと、ダイニングテーブルの上に紙袋を置いた。
「そう。それじゃぁもうご飯にしましょうか?」
「そうしておくれ。買い物で腹ペコさ。」
「はいはい、わかったわ。」
母・アニタとともにキッチンで夕飯の支度を始めるエレーナの姿を、シャルルは目を細めながら見ていた。
「エレーナはもう16か・・これからますます綺麗になるだろうな。」
「そりゃぁあの子は母さん似だもの。変な虫が付かないようにあたし達が監視しないとね。」
アッシュ・モーヴの瞳で愛おしそうに妹を見つめながら、ナジャリスタはそう言って柱にもたれかかった。
「お前とシャルルがいちゃぁ、エレーナは行き遅れてしまうな。お願いだから、妹の恋路を邪魔しないでくれよ。」
「わかってるよ。でも兄さんは違うみたいだよ。」
「突然話を振るな、ナジャリスタ。全くお前っていう奴は・・」
シャルルとナジャリスタが言い争う気配を見せた時、エレーナがシチューの入った鍋を持って2人の間に割って入ってきた。
「2人とも、喧嘩しないで。」
「はいはい、解ったよ。」
「全く、エレーナには敵わないな。」
食卓に笑い声が響き、3兄妹は両親を囲んで賑やかな夕食を始めた。
「ねぇ母さん、いつ戦争は終わるのかしら? もう誰かが死ぬのを見るのはうんざりよ。」
エレーナはそう言ってシチューを食べる手を止めた。
「エレーナ、病院で何かあったのかい?」
「ええ。今日10歳の男の子が砲撃を受けて全身火傷の状態で病院に運び込まれたの。助けてあげたかったけれど・・駄目だった・・」
エメラルドの瞳を涙で潤ませながら、エレーナは俯いた。
「エレーナ・・」
看護学生としてエレーナは病院で戦火の犠牲となった人々を毎日目の当たりにしてきた。
優しくて繊細な性格の彼女が今どんなに傷ついているのか、シャルルとナジャリスタは彼女の気持ちが痛い程わかった。
「大丈夫だよ、エレーナ。もうすぐ終わるよ。だから一緒に頑張ろう。」
ナジャリスタはそう言ってエレーナを抱き締めた。
「うん、姉さん・・わたし、頑張るわ。」
エレーナは姉に慰められ、涙を拭って笑顔を見せた。
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