帝と柚葉を乗せた牛車は、京へと入っていった。
京に入って柚葉がまず初めに感じたのは、凄まじい陰の気と、瘴気だった。
(一体何があったんだ・・俺の居ない間に、何が・・)
所々に魔物の気配が感じられ、誰かに見られているような感覚がする。
柚葉に抱かれている有爾もその気配を感じ取ったらしく、一向に泣きやまない。
柚葉は胸から提げている紅玉を取り出し、それを有爾に見せた。
彼は紅玉を見た途端安心し、すやすやと柚葉の腕の中で寝息を立て始めた。
「その紅玉・・そなたのものか?」
帝が紅玉を食い入るように見ながら言った。
「今は亡き両親の形見です。この紅玉が魔物を追い払ってくれるような気がして、肌身離さずつけております。」
柚葉は提げていた紅玉を慌てて衣の中にしまった。
帝は立ち上がり、柚葉の腕に抱かれている有爾の寝顔を見た。
「あの男に良く似た眉に口元・・有人は今頃そなたを恋しがって泣いておろうな。乳飲み子を抱えてあの男がどうやって生きてゆくのか見てみたいものじゃ。」
帝の言葉に、柚葉の胸はグサリと太い棘が刺さったように痛んだ。
あの時ああしなければ、今頃有人と子どもは助かっていなかった。
自分が下した決断は正しいのだと思わなければ、この先生きてゆくことなどできなかった。
「余の妃となるのなら、その赤子を余の子と思って育てようぞ。そなたはその子が帝となるまで余の傍におるのじゃ。」
「有人様は・・有人様と残した赤子はどうなるのです?わたくしは主上の妃となりましたが、わたくしは有人様の妻です。わたくしは有人様と一緒に暮らし・・」
帝は苛立ったように柚葉の頬を強く張った。
柚葉の唇は切れ、彼は床に蹲った。
「二度とあの男の名を余の前で口にするでない!そなたは余のもの。」
(有人様・・会いたい・・)
柚葉は俯いて、涙を流した。
2人を乗せた牛車は、ゆっくりと御所へと入った。
御所には、町中よりも強い陰の気と瘴気が漂っている。
桐壷女御は狂気に侵されていないだろうかと柚葉が心配していた時、牛車が停まり、帝がそこから降りた。
柚葉は足元に気をつけながらゆっくりと牛車から降りた。
貴族の姫として宮中に上がって以来、ここには二度と戻りたくないと思っていた場所に、戻ってきてしまった・・。
出来ることなら力を使って夫と子どもが待つ近江に帰りたいが、2人の命が盾に取られている以上、勝手な行動はできない。
「爵子(たかこ)にはお前が来ることを文で知らせておる。お前も彼女に会いたかろう。」
帝とともに後宮に入り、桐壷へと向かうと、そこには狂気に侵されていない桐壷女御・爵子が帝と柚葉を笑顔で出迎えてくれた。
「柚葉、久しぶりね。お前とまた会えるなんて、嬉しいわ。」
「わたくしもでございます、女御様。」
そう言って柚葉が顔を上げると、爵子が後光を纏っているように見えた。
(気の所為か?)
目を擦り、もう一度彼女を見てみると、光は消えていた。
「どうかしたの?」
「いいえ、何でもございません。それよりも女御様、親王様はお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ。あなたも子どもを産んだのね。」
爵子はそう言って柚葉の腕に抱かれている有爾を見た。
「女御様、少しお話したいことがございますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわよ。主上、彼女と2人きりにして貰いますでしょうか?」
「わかった。」
帝は部下を引き連れて清涼殿へと戻っていった。
「人払いはしたわ。話したいことってなに?」
「実は・・」
柚葉は桐壷女御にこれまでのことを話した。
「そう・・わたくしが何とかいたしましょう。柚葉、わたくし前から聞きたいことがあるのよ。」
「何でございましょう?」
「あなたはこの宮中が嫌い?あなたにとってここはあまりいい思い出がない場所だから・・」
「正直言ってわかりません。ですが、再びここに戻って来ても全く嬉しくありません。わたしの心は近江にいる夫と子どもの元にありますから。」
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