2005年2月、イギリス北東部。
ロンドンから約400キロ離れたところに、名家の子息が通う名門校・マセットリー・スクールにある男子寮の一室で、山下悠はベッドの中で悪夢にうなされていた。
悪夢の内容は、いつも同じものだった。
悠はどこかの瀟洒な洋館の中を走っていた。
純白のドレスの裾を翻し、右手には拳銃を持った自分は、バルコニーへと向かおうとしている。
“ユウリ、やめるんだ!”
誰かが自分を止めようとしている。
顔はよく見えないが、自分より背が高い20代後半か30代前半の白人男性だったことは何故か覚えていた。
“やめろ、ユウリ。そんなことをしたって・・”
手にした拳銃で男性の腹部を撃ち、バルコニーへと向かった。
先ほど自分が撃った男性とは違う男が、自分を見ている。
“ユウリ、どうしたんだ?”
その後、自分が何をしたのかは全く覚えていない。
気がつくと手にはマシンガンを手にして、庭を逃げ回る人々を次々と無差別に撃っていた。
マシンガンを投げ捨てようとしても、手が言うことをきかない。
純白のドレスは徐々に人々の返り血に染まっていく。
悠はゆっくりと顔をあげ、周囲を見渡した。
そこには血の海と、壊れて動かなくなった人形のように転がった死体の山があった。
庭師の手によって手入れされた緑の芝生は、血を吸って不気味に赤黒い光を放っていた。
「どうして・・」
悠は目の前に広がる惨状にショックを受けて蹲った。
“人殺し”
闇の彼方から声がした。
「違う・・俺がやったんじゃない・・」
悠は声から逃げだそうとした。
“お前がやったんだ。”
闇の中から無数の手が伸び、悠を捕まえようとする。
「いやだっ!」
手が自分に伸びる前に、必ず目を覚ます。
悠はそんな悪夢を、5年も見続けていた。
その所為で、悠は満足に眠れたためしがなかった。
悠は溜息をついて、ベッドから起き上がった。
窓の外を見ると、そこには月に照らされた広大な緑の森と、蒼い湖が美しく輝いていた。
悠はしばらく外の風景を見て、寝汗で気持ちが悪くなったのでシャワーを浴びようと思った。
寝汗で濡れた寝間着を脱いで洗濯籠に放り込み、クローゼットから新しい寝間着を取り出してそれを洗面台の淵に置いた。
浴室に入り、シャワーの湯を頭から浴びながら、悠は目を閉じた。
彼の左足の太腿には、真紅の蝶と龍のタトゥーが刻まれていた。
悠がシャワーを浴びている頃、ロンドンの安アパートの一室では、1人の男がソファーに座りながらテレビを観ていた。
古いソファーは熊のような男の体重がかかるたびにギイギイと軋んだ音を立てている。男はそれを気にせずにラージサイズのピザを頬張っていた。
彼の名はスティーブン。冴えない中年男で、家族はいない。
ピザを食べながらスティーブンは、明日どうやって暮らしていけばいいのだろうと悩んでいた。勤務先の工場は、より有能な人材を確保するため、役立たずのスティーブンを解雇した。スティーブンは就職活動をしているが、彼が希望する職には彼よりも有能な若者達が就いており、スティーブンは全く相手にされなかった。
ピザを食べ終えたスティーブンは、携帯電話で中華の出前を頼んだ。
「酷でぇ人生だ。俺もこの屑アパートと同じだ。」
彼がそう言ってシンクに寄りかかりながら煙草を吸っていると、凄まじい爆発音がしてリビングが突然吹っ飛んだ。
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