「さあ、こちらへどうぞ。」
若く美しい司祭―ディミトリに連れられてフリードリヒは、王宮から少し離れた聖職者用の宿舎へと入った。
「ありがとう。」
「それにしても、一体あそこで何をしてらしたんです?」
カモミールティーを淹れながら、司祭はそうフリードリヒに尋ねた。
「さっき、あの人達・・フロイハイシェン男爵夫人が話していることを聞いちゃったの・・僕が、次期皇帝に相応しくないって・・」
ディミトリから渡されたマグカップを、フリードリヒは関節が白くなるまで握り締めた。
「お母様はあいつ・・兄様の事ばかり心配してる・・あいつなんて、死んだも同然のやつなのに・・」
ディミトリは黙って皇子の話に耳を傾け、アップルパイをオーブンで焼いていた。
「お父様も、お母様もあいつのことばかり・・姉様は僕の事を置いていっちゃった・・どうしてみんな、僕の事を少しも見てくれないの!」
「そうやって自分のご不満ばかりを相手にぶつけては、離れて行ってしまいますよ。」
「え・・?」
カモミールティーを飲んだフリードリヒは、ディミトリの言葉を聞いて噎せそうになった。
「先ほどから聞いていましたが、あなたはいつもご自分の事ばかりにお話しになられてばかりで、相手の言うことなどちっともお聞きになろうとしない。相手の気持ちも解らず、自己主張ばかりしていては、いつまでたっても子ども扱いされますよ。」
椅子に腰を下ろしたディミトリは、そう言ってペリドッドの瞳で皇子を睨んだ。
「・・だって、誰も僕の言うことを聞いてくれないんだもの。」
「皇帝陛下や皇妃様、皇女様があなたのことを蔑ろにされているとおっしゃいましたが、陛下や皇妃様はちゃんとあなた様の事を考えていらっしゃいますよ。捻くれた考えはお捨てになり、これからのことを考えましょう。」
「これからのこと?」
「ええ、そうですよ。」
ディミトリはフリードリヒに笑顔を浮かべながら、彼の前に焼き立てのアップルパイを置いた。
「もし皇太子様・・あなたのお兄様がここに戻ってきたら、あなたはどうなさいます?皇太子様を、殺しますか?」
「殺す・・兄様を・・」
「あなたは皇太子様の事が邪魔なんでしょう?」
ぺリドットの瞳が、きらりと美しい光を放った。
それを見たフリードリヒは、一瞬彼の後ろに恐ろしい悪魔が見えた。
だが目を擦ると、悪魔は居なくなっていた。
「どうかなさいましたか?」
「ううん・・なんでもない。」
フリードリヒは良き相談役の司祭が焼いたアップルパイを一口食べた。
「ディミトリ、僕はどうしたら、皇帝になれると思う?どうしたら、お父様やお母様に愛されると思う?」
ディミトリは暫く考えた後、フリードリヒの耳元にこう囁いた。
「皇帝陛下に、自分は後継者に相応しいと思われる程に知識と教養をつけ、陛下を感心させるような人間に努力するのです。それから、ライバルは容赦なく蹴落としてしまいなさい。どんな手を使っても、たとえ肉親でも情けを与えてはなりません。」
「わかったよ、ディミトリの言うとおりにする。ありがとう、ディミトリ!」
フリードリヒはそう叫んでディミトリを抱き締めた。
「あなた様が頼りに出来るのは、このわたくしだけですから、いつでも御相談に乗りましょう。」
ディミトリはフリードリヒの肩越しで口端を上げてほくそ笑んだ。
それはまさしく、悪魔の笑みだった。
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Last updated
2012.04.09 13:50:46
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