「破水したわ!」
「皇太子妃様、お気を確かに!」
女官の1人が瑞姫の手を握ろうとすると、彼女はそれを拒んだ。
「ルドルフ様・・怖い・・」
「大丈夫だ、ミズキ。深く息を吸って。」
ルドルフは不安と痛みに襲われる妻の額に浮かぶ汗を、優しくハンカチで拭いながら彼女とともに出産時の呼吸をした。
「あぁ~、痛い! 息んじゃう!」
「まだ駄目だ。赤ちゃんが窒息してしまうよ。さぁ、大きく息を吸って。」
「嫌ぁ、もう産みたくない!」
瑞姫がパニックを起こしかけようとした時、主治医が漸く寝室に入って来た。
「遅くなって申し訳ありません、殿下。手術に時間が・・」
「そんな事はいい。ミズキは先程破水した。」
「少し失礼致します。」
主治医がそう言って瑞姫の股間に潜り込むのを、ルドルフは黙って見ていた。
「子宮口が10センチ開いていますね。さぁ、息んでください。」
「うあぁ!」
瑞姫は髪を振り乱しながら叫んだ。
「頭が見えて来ましたよ、もう少しです!」
「ミズキ、頑張れ!」
「あぁ、痛い、痛い!」
「さぁ、息を止めてください。そう、上手ですね。はい、息んで!」
「うう~!」
ルドルフは瑞姫の手を関節が白くなるまで握り締め、彼女を励ました。
その時、温かい血がシーツを濡らす感覚がした。
ほぎゃぁ、ほぎゃぁ
朝日の光がカーテンの隙間から射し込んだ時、静寂を破るかのような命の産声が王宮内に響いた。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」
医師は両手に産まれたばかりの赤ん坊を掲げ、出産に立ち会った人々に見せると、彼らは皆一様に安堵の表情を浮かべた。
「ルドルフ様・・」
「良く頑張ったね、ミズキ。見てご覧、可愛いわたし達の息子だよ。」
臍の緒を切った息子を抱きながら、ルドルフはそう言って瑞姫に息子を見せた。
「可愛い・・やっと逢えたわね。」
真新しい毛布に包まれて泣く息子を、瑞姫は聖母マリアのような慈悲深い視線を投げると、夫の手から彼を抱いた。
両掌全体に、命の重みと温もりが伝わって来て、彼女は歓喜と安堵の涙を流した。
「これから君とわたしと、この子の3人で生きてゆこう。」
「ええ。」
2012年3月20日、午前7時。
オーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフと、その妻・ミズキ妃との間に、3700グラムの元気な男児が誕生した。
「この子の名前、なんにしましょうか?」
「そうだな・・天使のように可愛いから、アンジェリカというのはどうだ?」
「男の子なのに、可愛い名前ですね。」
「いいじゃないか。君が命懸けで産んでくれたんだ。天使のように清純で優しい子に育って欲しいんだ。」
瑞姫はそっと自分の乳を吸っている息子の、赤みがかったブロンドの巻き毛を梳いた。
「今日から宜しくね、アンジェリカ。」
皇太子夫妻に長男誕生の吉報を受け、ウィーン市内はお祭り騒ぎとなった。
―皇太子様に皇子様がお生まれになったとは、めでてぇなぁ・・
―皇太子様なら、きっと良い父親になるねぇ。あれほどミズキ様の事を愛していらっしゃるんだもの。
その報せは、瞬く間に世界中に広がり、日本に居る亜鷹達の耳にも届いた。
「瑞姫が、母親になったのか・・」
そう言って嬉しそうに呟く亜鷹の横顔を、彼の異母妹・優貴は苦々しい表情を浮かべながら見ていた。
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Last updated
2016年05月08日 20時57分55秒
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