聖良はそっと目を閉じて青年の演奏を聴いた。
青年が奏でる楽器の音色は、どこかもの悲しいが懐かしく聞こえた。
幼い頃に養父が奏でていた琵琶の音色と似ているからだろうか。
『リシャド、お客様だ。』
アルハンがそう言って青年に声をかけると、青年はゆっくりとアルハンと聖良を見た。
彼はゆっくりと額にかかる漆黒の髪を掻きあげると、ゆっくりと楽器を置いて立ち上がり、二人の方へとやって来た。
『父上、その方は?』
『今日からわたしのものになるセーラだ。』
アルハンは聖良の腰を抱き寄せながら青年を見た。
『・・そうですか。』
青年は興味がなさそうな口調でそう父親に言い放つと、二人に背を向け、楽器を手に取った。
「息子が無礼な態度を取ってすまないね。あいつはああいう奴なんだ。」
愛想笑いを浮かべたアルハンは、そう言うと聖良を見た。
「今宵はお前を歓迎する宴を開いてやろう。それまでに後宮で身支度をするがいい。」
「わかった。」
やっとこの助平親父から解放されるのかーそう思った聖良は安堵の溜息を吐いた。
『サリーシャ、居ないのか?』
『陛下、わたくしはこちらに。』
廊下の向こうから、民族衣装の裾を翻しながら1人の少女がアルハンの方へと走って来た。
『サリーシャ、今日からわたしのものになるセーラだ。これから後宮へセーラを連れて行って宴の時間まで身支度をしてやれ。』
『かしこまりました。』
そう言った少女の緑の瞳が、聖良を捉えた。
「は、初めまして。今日からお世話をさせていただくサリーシャと申します。」
少女―サリーシャは主のアルハン同様、美しいキングス・イングリッシュで聖良にそう自己紹介すると、彼に向かって頭を下げた。
「セーラです、宜しく。」
聖良はサリーシャに手を差し出して彼女に微笑んだ。
彼女は差し出された聖良の手に戸惑いながらも、そっと自分の手を彼の手に重ねた。
「こちらこそ。」
『サリーシャ、セーラを早く後宮へ。』
アルハンが少し苛立った様子でそうサリーシャに命じると、先ほどまで笑顔を浮かべていた彼女はまるで尻に火がついたかのように飛び上がると、彼に向かって頭を下げた。
「さぁ、こちらへ。」
中庭をサリーシャとともに出る際、聖良はちらりと異国の皇子を見た。
彼は楽器を奏でる手を止め、金色の瞳で聖良を見た。
その瞳に見つめられた聖良は、金縛りにでも遭ったかのようにその場から動けなくなった。
「セーラ様?」
サリーシャの声で我に返り、聖良は足早に中庭から出て行った。
背後に纏わりつく視線を感じながら。
「サリーシャ、聞きたい事があるんだけれど、いいかな?」
「何でも申しつけてくださいませ。」
サリーシャはそう言って先ほどのように屈託の無い笑みを浮かべた。
「中庭で楽器を弾いていた人―リシャドとかいったけど、その人ってどういう人なの?」
聖良の質問を聞いたサリーシャは、少し押し殺した声で話し始めた。
「あの方はこの王国の皇太子であらせられます。ですが、陛下は皇太子様―リシェム様には王位を継がせないおつもりのようです。何でも、リシャド様のお母君様は、低い身分のお生まれだそうで。」
「へぇ、そう。色々と複雑なんだね。俺をここに連れて来たサリームって奴はあのおっさんの事恐れてたようだけど?」
「ここでは陛下の存在は絶対唯一のアラーのようなものなのです。何もかもが、陛下の御心によって決められるのです。」
サリーシャはそう言いながら、後宮へと続く廊下へと歩き出した。
深い溜息とともに。
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