謎の男達の追跡から逃れた淑介は安アパートの自分の部屋に入り、ノートパソコンを素早く立ち上げてカメラのデータのバックアップを行った。
(一体あいつらは何者なんだ?テロリストか?)
男達に顔を見られた以上、この国に居るのは危険だ。
バックアップを取ってノートパソコンを閉じて荷造りを始めると、机の上の携帯がけたたましく鳴った。
「もしもし。」
『鳩江か。』
通話口越しに聞こえる渋い声は、淑介の勤務先で帝朝新聞社社会部デスク・広田の声だった。
「お久しぶりです、デスク。」
『鳩江、そっちの生活はもう慣れたか?』
「慣れました、と言いたいところですが、先ほど市場でテロがありまして、主犯格と思われる男達に狙われましてね。これからここを出るつもりです。」
『そうか。招待状なんだが、届いてるか?』
「招待状?何のです?」
『今夜ホワイト=パレスで絢爛豪華な宴が開かれるそうだ。タキシードは持って来たんだろうな?』
淑介はここ一週間自分宛てに届いた郵便物の中から、蜜蝋で封を押された招待状を見つけると、クローゼットの奥深くにしまってあるタキシードを取り出してベッドの上に置いた。
「ありましたよ、タキシードも招待状も。それよりもデスクは今、どちらにいらっしゃるんですか?」
『俺か?俺はお前の安アパートの前に居るぜ。』
淑介が窓を開けて外を見ると、そこには太鼓腹を揺らしながら自分に向かって手を振る広田の姿があった。
「デスクも人が悪いですよ、来るなら来るっておっしゃってくださればよいものを。」
その夜、リシェーム王国の白亜の宮殿―“ホワイト=パレス”の大広間で開かれている絢爛豪華な宴の中で、タキシードに身を包んだ淑介はそう言って隣のボスを見た。
「何言ってやがる、俺は思い着いたらすぐ行動する性格だってこと、知ってるだろ?それにこの国には何かを感じるんだよ、何かを。」
「またデスク十八番の“俺は何かを感じる”ですか。まぁその勘が今まで外れたことはありませんよね。」
淑介はそう言ってシャンパンを飲んだ。
その時、ファンファーレとともに煌びやかな民族衣装と宝石で着飾った一人の女が大広間へと入って来た。
艶やかな黒髪を結い上げ、自分を見つめる招待客達を満足そうに深緑の双眸で見つめる女の顔に、淑介は見覚えがあった。
「確か彼女はリシェーム国王の・・」
「第二王妃・シェーラだ。高慢ちきで自己中な女で、後宮の主だ。」
「綺麗な女だけどなぁ。」
「馬鹿、『綺麗な薔薇には棘がある』っていう言葉があるだろ。まぁ、今この王国はあの女の親族が権力を掌握して牛耳ってるからな。そこらへん棘どころか毒だらけさ。」
広田が皮肉めいた口調でそう言った時、第二王妃が登場した時よりも大きなざわめきが入口の方で聞こえた。
「また綺麗なお姉ちゃんの登場か?ビキニ姿だったらいいけどなぁ。」
「冗談止めてくださいよ、広田さん。」
淑介は上司の腹を肘で軽く小突くと、入口の方を見た。
そこには、蒼い布地に金糸の刺繍が施された民族衣装を纏った白人女性が民族衣装同様豪華な刺繍を施されたピンヒールの音を響かせながら入ってくるところだった。
女性の胸には、中央に嵌めこまれたルビーの短剣がさがっていた。
(もしかして、彼女が・・)
「すいません広田さん、ちょっと失礼します。」
淑介はそう言うなり女性の方へと向かった。
その時、女性と彼の目が合った。
「あなたは、確か・・」
女性は蒼い瞳で淑介を見ると、そっと彼に手を差し出した。
「少し、あちらでお話ししませんか?」
「ええ、喜んで。」
淑介は女性の手をそっと握った。
やがて二人は大広間から離れ、人気のない中庭へと向かった。
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