エルムントは、いきなり自分に襲い掛かって来た男―フェイから逃れようと、必死に抵抗したが、逞しい彼の身体はびくりとも動かなかった。
「あのガキの代わりにあんたを抱くぜ。そうしたらあのガキには近づかねぇよ。」
フェイはそう言ってエルムントを見た。
「それは、本当ですか?」
ワインレッドの瞳でフェイを睨みつけながら、エルムントは彼と少し距離を取った。
「俺が嘘を吐くとでも?」
「あなたは信用できません。」
フェイは溜息を吐くと、頭をぼりぼりと掻いた。
「ったく、気難しいお姫様だぜ。ま、さっさとあのガキを連れてどこかに勝手に流れな。」
エルムントはフェイに背を向けると、部屋から出て行った。
「旦那、無事だったので?」
食堂でエルムントとフェイの様子を見ていた女将がそう言って安堵の表情を浮かべた。
「こちらにはご迷惑をおかけいたしました。」
エルムントは彼女に頭を下げると、弟子が待つ部屋へと入った。
「アンダルス、旅支度をしなさい。ここを出ますよ。」
「ですが、あいつらは?」
「もう大丈夫です。」
エルムントはダリヤに向かって優しく微笑んだ。
数分後、エルムントとアンダルスは宿屋を出て、新しい地へと旅立った。
「さぁ、行きましょう。」
「お、お師匠様・・僕なんかが一緒についていってもいいんですか?」
「あなたはわたしの弟子です、アンダルス。これからはわたしとずっと一緒ですよ。」
エルムントはそう言ってアンダルスに微笑むと、手を差し出した。
「はい!」
アンダルスは、そっとエルムントの手を取り、歩き始めた。
「親分、本当にあいつらを見逃しちまってもいいんですかい?」
鳳凰社の構成員の一人が、そう言って悔しそうな顔をしてエルムントとアンダルスの背中を見送った。
「いいのさ。俺がわざわざあいつらを捕まえなくても、いずれ会う事になるだろうよ。」
フェイは蒼い瞳を光らせながら、二人が去って行った方を眺めた。
宿屋を出たエルムントとアンダルスは、目的地に着くまでの間、歌を披露したりして宿代を稼いでいた。
「アンダルス、君は何が出来るんだい?」
「踊りを少し。僕の村では踊りの名手がいて、物心ついた時からその人から踊りを習っていました。」
「そうか。じゃぁ、少しやってみてくれるかい?」
「いいですよ。」
アンダルスはそう言うと、エルムントの演奏に合わせて舞い始めた。
その舞はまるで、天の神が地上に降りてきて舞っているかのような、優雅なものだった。
「どうでしたか?」
ワインレッドの瞳でアンダルスはエルムントを見た。
「とても良かったよ。まるで天の神が君に宿ったかのような、優雅でいてとても神々しい踊りだった。」
エメラルドグリーンの瞳を感動で潤ませながら、エルムントはそう言ってアンダルスに微笑んだ。
「ありがとうございます。エルムント様だけです、僕の舞を褒めてくださったのは。村に居た頃はこんな瞳をしているので、僕の事を村の大人達は気味悪がって、子ども達は僕の事をいじめてばかりで・・」
そう言ってアンダルスは俯き、村で過ごした辛い日々の事を思い出した。
あの頃、血の色のような瞳を持って生まれた所為で、村の大人達からは“国が滅びる前兆だ”と言われて気味悪がられ、子ども達からは“化け物”と呼ばれいじめられていた。
貧困に喘いでいた両親は、自分を男娼館へと売り飛ばした。
誰にも必要とされない子どもとして、今まで生きてきた。
だが、これからは違う。
目の前には、自分の舞を初めて褒めてくれた人が居る。
男達に殴られたところを助けてくれた人が居る。
もう自分は、一人ではないのだ。
「アンダルス、これからはその舞を披露してくれ。きっと君の舞を見たら、癒されることだろうよ。」
「ありがとうございます!」
アンダルスは、涙を流しながらエルムントに向かって頭を下げた。
それから、アンダルスはエルムントの伴奏で舞を舞いながら彼と共に宿代を稼いだ。
―おい、あれ見ろよ・・
―なんて美しいの・・
―魂を吸い取られそうだ・・
アンダルスの美しい舞は、たちまち道行く人々を魅了した。
「今日もお前のお蔭で美味いものが食えそうだ。」
袋に詰まった金貨を見ながら、エルムントはそう言ってアンダルスの頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます。」
その夜、エルムント達が宿屋で休んでいると、不意に外が騒がしくなった。
「ここに赤褐色の髪をした男と、プラチナブロンドの少女がいると聞いた! その者達は何処に居る!?」
エルムントがそっと窓から外を見ると、そこにはローレル王国軍が宿屋の前に集まっていた。
「エルムント様・・」
「大丈夫です、アンダルス。」
エルムントはそっとアンダルスの肩を叩くと、宿屋から出た。
「こんな夜更けに、何故騒いでいらっしゃるのですか?」
「お前が、吟遊詩人エルムントか?」
「はい、そうですが。」
エルムントは自分の前に立っている兵士を見た。
「我々はローレル王国近衛隊である。至急貴殿とその弟子、アンダルスには宮殿に来て貰いたい。」
「宮殿に・・ですか?」
「陛下がお前達の噂を聞き、是非ともお前の演奏と弟子の舞をご覧になりたいとおっしゃっておられる。」
(国王陛下が、わたし達に興味を?)
一介の吟遊詩人と舞姫の噂を聞きつけただけで、国王が興味を持つなど・・突然の出来事に、エルムントはただ呆然としていた。
「少々お待ちください。」
エルムントは部屋に戻ると、不安そうな顔をして自分を見ているアンダルスに微笑んだ。
「アンダルス、今すぐ宮殿へ行くよ。身支度をしなさい。」
「宮殿に・・ですか?」
「ああ、何でも国王陛下がわたし達の歌と舞に興味を持たれ、ご覧になりたいらしい。」
その後二人は慌ただしく身支度を済ませて、王国軍が用意した馬車に乗り込み、宮殿へと向かった。
「大丈夫でしょうか・・もし失敗したら・・」
「大丈夫だ。いつものようにしていればいい。」
エルムントは、震えるアンダルスの身体をそっと抱き締めた。
「あなたに、幸運のお呪いをかけましょう。」
エルムントはアンダルスの唇をそっと塞いだ。
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