「ただいま。」
「お帰りなさい。あら、お客様?」
歳三がミジュを連れて祖母の家に入ると、千尋がそう言って彼女を見た。
「こいつは大学の後輩のミジュだ。ミジュ、紹介するよ。俺の妻の、千尋だ。」
「初めまして。」
ミジュはそう日本語で挨拶すると、千尋に頭を下げた。
「へぇ、ミジュさん今就活中なの。」
「えぇ、でも状況はあまり芳しくないです。大卒で資格を取っていても、恩だからっていう理由で内定がひとつも取れません。」
ビール片手に愚痴を吐いたミジュは、チャプチェを頬張った。
「そう・・」
「それと比べて兄は引く手あまたで、母は何かとわたしと兄を比べるんです。何だか女に生まれてきたのが損だなぁって思うんです。」
「そんな事はないと思うわよ?男なんか、奥さんが居ないと洗濯物も満足にたためやしない人だって居るんだから。その点、うちの旦那は良く家事や育児をしてくれてるわ。」
「え、千尋さんお子さんいらっしゃるんですか?」
「ええ。3ヶ月前に双子を出産したばかりなの。色々と大変だけれど、旦那が協力してくれるから助かるわ。」
「先輩なら、良いパパになれそうだって、サークル内で噂してましたよ。ねぇ先輩?」
「そういうこともあったな。ミジュ、お前あれからテニスはやってるのか?」
「全然してません。就職活動に忙しくてラケット握る時間がないんです。」
「そうか。もうすぐ旧正月だが、お前実家に帰るのか?」
「どうしようか考え中です。帰ったら見合いしろとか言われそうだし。先輩は?」
「あぁ、実はこっちで暮らすことになったんだ。暫く娘達の幼稚園探しとかで色々と忙しくなりそうだよ。」
「そうですか。先輩はいいなぁ、こんなに綺麗な奥さんと可愛いお子さん達に囲まれて。それに比べてわたしなんか彼氏が居ないんだもの・・」
「まぁそんなに焦ることないわよ。ミジュさんはいくつなの?」
「23です。周りの友人達はもう結婚してるんです。千尋さんは?」
「う~ん、高校卒業して2年しか経ってないから・・20歳かな。」
「双子のママに見えませんねぇ。」
「そうかしら、最近寝不足気味で肌荒れしてるのよ。」
千尋は同年代のミジュと意気投合したのか、彼女と雑談して盛り上がっていた。
『ミジュ、以前は暗い子だったのに明るくなったね。』
『ええ、俺も驚きましたよ。』
歳三はそう言って大学時代、キャンパス内でどこか浮いていた存在のミジュを思い出した。
成績優秀だった彼女だが、余り人付き合いが得意ではなく、講義の時やランチタイムの時など、歳三が覚えている限り、彼女はいつも独りだった。
サークル内では仲の良い友人同士で盛り上がってはいたものの、余り派手で目立つタイプではなかった。
だが今の彼女は、まるで人が変わったかのように明るくなったし、昔のように溜息を吐くこともなくなった。
「じゃぁ、わたしはこれで。ご馳走様でした。」
夕食後、ミジュはそう言って立ち上がると、千尋達に頭を下げた。
「千尋、彼女をバス停まで送っていく。」
「そう、気をつけてくださいね。」
千尋はにっこりと歳三に微笑むと、洗い物をしにキッチンへと向かった。
「すいません、送って貰っちゃって・・」
「いいんだよ。就職活動がんばれよ、ミジュ。」
「ありがとうございます、先輩。」
そう言ったミジュは、何処か泣きそうな顔をしていた。
「どうした?」
「とことんついてないですね、わたし。もう少し先輩と会っていたら、先輩と結婚できてたのに。」
ミジュは無理に笑ったが、頬が引きつってしまった。
「ミジュ?」
「ごめんなさい・・」
ミジュはそう言うと、歳三に背を向けてバス停へと走り去っていった。
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