「セーラ様、漸く思い出されたのですね。」
「ああ、お前を今まで混乱させてすまなかった。」
「いいえ、あなた様がご無事なら、わたしは全てをあなた様に捧げられます。」
「そうか。それよりもリヒャルト、これからどうする?」
「あの弾薬庫で対峙した海兵隊のリーダー、手強いな。やつも俺の顔をしっかりと覚えただろうし、油断はできんな。」
「ええ。あなた様を倒すまで、向こうは攻撃の手を緩めないでしょう。」
リヒャルトはそう言うと、聖良の髪を優しく梳いた。
「セーラ様、夕食ができました。粗末なものしかありませんが、どうか召し上がってください。」
「そうか。わかった。」
病院で用意された夕食は、宮廷のそれとは違って貧相なものばかりであったが、住民達の真心が込められたものであった。
「こうしてみんなで食事していると、孤児院に居たときのことを思い出すな。」
「横浜に居たころのことですか?」
「ああ。食べ盛りの子供が大勢居るというに、食事のメニューは野菜や魚、いい時には果物がついてくる程度で・・たまにハンバーグやカレーなんか食卓に出ると、みんな競ってお代わりしたものさ。両親そろった家庭の子と違って、生活は豊かではなかったけれど、幸せだったよ。」
「やはりセイタ様の愛情に包まれたからですか?」
「まぁな。俺はもし自分が一国の皇子であることもずっと知らずに、警察官として定年を迎えるまで働いていたら、それは平凡な人生だったんだろうなと。だが、それだけでは物足りない気分になっただろうな。」
「ですが運命の女神はあなた様に試練を課し、その試練をあなた様は乗り越えた。わたくしはあなた様のことを支えるだけです。今までも、これからもずっと。」
リヒャルトはそう言うと、聖良の手を握った。
「リヒャルト、もし戦いが終わったら・・俺と付き合ってくれるか?」
「ええ。」
リヒャルトの頬が少し赤くなったが、聖良は見ていなかった。
翌朝、聖良が欠伸をしながら浴室でシャワーを浴びていると、誰かが浴室に近づいてくる気配がした。
「リヒャルトか?」
「はい、セーラ様。」
「どうしたんだ、こんな朝早くに?」
「陛下がお呼びです。」
「父上が?」
アルフリートからの急な呼び出しに、聖良は戸惑ったが、王宮へと向かった。
「お久しぶりです、父上。」
泥や返り血で汚れたドレスで謁見の間に現れた聖良を見て、宮廷貴族たちは一斉に眉を顰(しか)めた。
だがアルフリートは、慈愛に満ちた顔で聖良を見つめた。
「セーラ、久しいな。」
「父上、お元気そうでなによりです。」
「ああ。今日お前を呼び出したのは他でもない。お前が市民達とともに戦っているという噂を聞いたが、本当か?」
「ええ、本当です。それが何か?」
「お前はこの国の皇太子だ、セーラ。お前の命はお前だけのものではない、それはわかっているな?」
アルフリートは遠回しに市街戦から手をひけと言っていることに聖良は気づいた。
「父上、わたしは最後まで市民達と戦います。」
「それはもう、決めたことなのか?」
「はい。わたしは閣議室で軍議を開くよりも、戦場で市民達と手を取り合って戦いたいのです。」
「そうか・・お前はやはりあの方に似ておるな。血筋というものか。」
アルフリートはそう言って溜息を吐くと、聖良を見た。
「お前の言いたいことはわかった。まずは風呂に入り、着替えを済ませよ。」
「わかりました、失礼いたします、父上。」
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