翌朝、アレックスがあくびをしながらベッドから起き上がると、ノックの音とともにアーニーが寝室に入ってきた。
「アシュリーお嬢様、おはようございます。」
「おはよう、アーニー。」
「早くお支度をお済ませください。今日はダービーの日ですので。」
「ダービー?」
「ええ。大旦那様が毎年この季節に主催するダービーが、ケンタッキーの競馬場で開かれます。なので・・」
「わかった、早く着替えを済ませるね。」
アーニーはアレックスの言葉を聞くと、ホッとしたような表情を浮かべた。
恐らく、タンバレイン夫人からせっつかれてこちらにやって来たのだろう。
「ウォルフ、何処?」
「ここだ。」
寝室に入ってきたウォルフは、もうスーツに着替えた後だった。
寸分なく整えられた黒髪に糊のきいたワイシャツとスーツを纏った彼は、何処からどう見ても良家の御曹司だった。
「ダービーにどんな服を着ればいいかな?」
「クローゼットにフォーマルドレスが何着かあるから、それを着ていけばいい。」
「わかった・・」
数分後、アレックスはウォルフにエスコートされながら階下へと降りてゆくと、途中でディーンと目が合ったが、彼は何も言わなかった。
「さぁみんな、行くぞ。」
「はい、お義父様。」
「お前とアシュリーはわしの車で、ジョージ達は向こうの車に乗れ。」
二台の黒塗りのリムジンがタンバレイン邸から出て行くのを、茂みの陰から一人の男が見ていた。
「アシュリー、ダービーに行くのは初めてか?」
「ええ。わたし、競馬には疎くて・・」
「心配するな、わしがついている。」
どうやらヘンドリックスはアレックスのことが気に入ったようで、競馬場へと向かう車中、彼は笑顔でアレックスに色々な話をしてくれた。
その大半がいかにして自分がアイルランド系の貧しい農民から、国中を唸らせるほどの富豪になったかという自慢話であったが、アレックスは愛想よく彼の話に適当に相槌を打っていた。
「さぁ、着いたぞ。雨の後だから、地面がぬかるんでいて危ないからな。」
「わかりました。」
リムジンから降りたアレックスがウォルフと共に競馬場の中へと入ると、そこにはダービーを見るために集まってきた観客でごった返していた。
「あそこで、ダービーを見物するんだ。」
そう言ってヘンドリックスが杖で指したのは、馬主専用席だった。
「もしかして、ダービーであなたの馬が・・」
「ああ。わしの馬は皆負け知らずだ。今日も勝つだろうよ。」
タンバレイン夫人たちは何処に行ったのだろうかとアレックスが周囲を見渡すと、彼らは既に反対側の馬主専用席に居た。
何かを言い争っているようで、怒りに顔を歪ませたディーンが外へと飛び出していった。
「あいつらのことは気にするな、いつものことだ。」
「そうですか・・」
「ジョージはあいつを甘やかし過ぎた。その所為でディーンは問題ばかり起こして、NYの学校には何処もあいつを受け入れてくれるところがなくなった!実に嘆かわしいことだ!」
ヘンドリックスがそう叫んで杖を地面に打ち付けると、ファンファーレが高らかに競馬場に鳴り響いた。
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