「見ろ、あれがわしの馬だ。」
ヘンドリックスはそう言うと、アレックスに双眼鏡を手渡した。
パドックには、美しい葦毛の馬が艶やかなたてがみをなびかせながら歩いていた。
「美しい馬ですね。」
「そうだろう。あいつは子馬の時からわしが手塩をかけて育てたんだ。」
そう言って威張るヘンドリックスに、アレックスはくすりと笑った。
「何がおかしい?」
「いえ・・普段怖い顔をなさっていらっしゃるのに、競馬場では違うお顔をなさっていらっしゃるんだなと思って。」
「ふふ、そうか。馬は人を裏切らん。そして金もな。」
やがて第一レースが始まり、ヘンドリックスが所有する葦毛の馬がライバル達を追い抜き、見事優勝した。
「最高の馬ですね。」
「そうだろう?」
「少し喉が渇いたので、飲み物を買ってきますね。」
「そうか。スイート・ティーを頼むよ。」
「わかりました。」
慣れないハイヒールで売店のほうまでアレックスが歩いていると、突然後ろから肩を叩かれて彼は振り向いた。
するとそこには美しく着飾ったラリーが、プールで見た青年と腕を組んで立っていた。
「ハーイ、あの爺さんとは上手くやってる?」
「ええ。そちらの方は?」
「わたしのボーイフレンド、ジェフだよ。ジェフ、この子がアシュリーだよ、ウォルフのフィアンセの。」
「へぇぇ、君がハノーヴァー家の娘か。」
青年は、アメジストの瞳でじろじろとアレックスを見た。
まるで珍獣を見るかのようなその目つきに、彼は青年に嫌悪感を抱いた。
「ジェフ、どうしたの?そんなにこの子が珍しいの?」
「いや・・昨夜プールで見かけたような気がして。」
思わず顔を強張らせたアレックスに気づいたラリーは、青年の脇腹を肘で突いた。
「さてと、もう席に戻らなきゃ。じゃぁね。レース楽しんで。」
「ええ、じゃぁまた。」
そそくさとアレックスは二人の前から立ち去ると、売店へと向かった。
「あの子、やっぱりプールで見かけたな。」
「もう、わたしよりもあの子の方が気になるの!?」
ラリーは青年の脇腹を再度肘で強めに突いた。
混雑した売店をやっと抜け出し、馬主専用席へと戻ろうとしたアレックスは、観客席の中に母・メグの姿を見つけた。
メグは、鷲鼻の男性と一緒にレースを観戦していた。
つばの広い帽子を被り、男性に何か話しかけているメグは、どこか楽しそうだった。
「ママ・・?」
アレックスの呟きが聞こえたかのように、不意にメグが彼の方へと視線を巡らせた。
ブルーの瞳が、静かにぶつかった。
「ママ!」
アレックスがメグの方へと駆け寄ろうとすると、鷲鼻の男性が彼女の肩を掴んでアレックスを睨みつけると、出口へと向かおうとした。
「待って、ママ!」
アレックスの叫びは、人々の歓声に掻き消された。
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