『止めろ!』
正義とクラリッサの間に、中川が割って入ってきた。
彼の鮮血が正義の頬に飛んだ。
「中川さん、しっかりしてください!」
「正義、生きろ。」
首を切られた中川は、息も絶え絶えにそう言うと正義を見た。
「必ず、朝敵の汚名を晴らしてくれ・・」
「わかりました。」
「頼むぞ・・」
中川はそっと正義の手を握ると、数回痙攣した後果てた。
(中川さん・・俺が必ずや、朝敵の汚名を晴らしてさしあげます。だから・・そのときまで俺のことを見守ってください。)
『マサ、火事よ!』
奥の方から火薬のような臭いがしたかと思うと、厨房の扉の下から黒煙がまるで蛇のようにスルスルと出てきた。
『この家はわたくしにとって苦痛しか与えなかった!お前を手に入れられない以上、燃やしてやる!』
そう言って目を見開いたクラリッサの顔は、狂気に満ちていた。
『そこを退け!』
正義は自分の前に立ち塞がるクラリッサの頬を殴りつけると、彼女は階段から転がり落ちてピクリとも動かなくなった。
『逃げるぞ、アリエル!』
『ええ。』
中川の遺体を背に担ぐと、正義はアリエルとともに炎に包まれるアルネルン子爵邸から脱出した。
この火事によって、近隣の民家5軒が全焼した。
正義は命からがら逃げ出したものの、左足に火傷を負っていた。
『マサ、気分はどう?』
『いいよ。』
入院先の病室で、アリエルは正義の左足に巻かれた包帯を見て俯いた。
『ごめんなさい、わたしの所為で・・』
『何を言うんだ、アリエル。君の所為じゃないよ。それよりも、中川さんの遺体はどうした?』
『彼の遺体なら、荼毘に付されたわ。』
アリエルはそう言うと、白い布に包まれた中川の遺骨を正義に見せた。
『そうか。生きて中川さんと帰ることはできなかったが、魂は共に帰れるな。』
『ねぇマサ、ひとつお願いを聞いてもらってもいいかしら?』
『ああ、何なりと。』
『あのね・・わたしとずっと一緒に居てくれる?』
アリエルからプロポーズされ、正義は頬を赤く染め、返答に困った。
『・・ああ、わかったよ。』
退院後、正義はアリエルの養父母に彼女と結婚することを話すと、彼らは正義のことを家族の一員として歓迎してくれた。
『マサ、結婚おめでとう。』
『ありがとう、ジュリアン。』
新緑の季節に行われた二人の結婚式には、ジュリアンをはじめ、大学の友人達や教授達、そしてアリスが出席してくれた。
『おめでとう、二人とも。あなた達はいつかこうなるとわかっていたわ。』
鮮やかな緑のドレスを纏ったアリスは、そう言って新郎新婦に微笑んだ。
『ありがとうございます、アリス様。』
『アリエル、お幸せにね。じゃぁわたしはこれで失礼するわ。』
アリスはそう言って彼らに背を向けると、表で待たせていた馬車へと乗り込んだ。
数日後、正義とアリエルは港でアリエルの両親に別れを告げ、船へと乗り込んだ。
『やっといけるのね、あなたの故郷に。』
『ああ。』
正義はそう言うと、新妻の肩を抱いた。
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