「新幹線に乗って東京行くんは、中学の修学旅行の時以来やろうか?」
「そうどすなぁ。うちも京都から一歩も外に出たことがありまへん。」
靖男と陽千代が車窓から流れる風景を眺めながらそう話していると、また携帯が鳴った。
「また来たわ。一体誰なんやろうか?」
「あんまりしつこいようやったら、電源切っといた方がええと違いますか?」
「そうやね。」
陽千代は籠から携帯を取り出すと、電源ボタンを長押しして再び籠の中にそれをしまった。
「姉さん、くれぐれも単独行動はせんといてください。もしかしたら、あの無言電話の犯人が姉さんを狙ってるかもしれまへん。」
「随分昔のことやないの。もう犯人は諦めてるんと違う?」
陽千代はそう言って笑いながら、籠の中から陽菜から借りた文庫本を取り出した。
「それ、ドラマ化になったやつでっしゃろ?」
「靖男さん、知ってはるん?何や、うちだけ仲間外れにされたみたいで、悔しいわぁ。」
「そんなに拗ねんといてください、姉さん。」
新幹線が新横浜駅を過ぎた頃、隣に誰かが腰を下ろす気配がしたので、陽千代は読んでいた文庫本から顔を上げた。
そこには、トレンチコートを羽織ったスーツ姿の男が座っていた。
「すいまへん、ここはうちの連れの席どすけど。」
「知っています。あなた、美作の陽千代さんですよね?」
「へぇ、そうどすけど、うちに何か?」
「すいません、わたしはこういう者です。」
そう言った男は、一枚の名刺を陽千代に渡した。
そこには、“SASAKIグループ 代表取締役第一秘書 明田”と印刷されていた。
「佐々木様の秘書の方が、どうしはったんどすか?」
「実は、あなたに東京行きをあなたの女将に頼んだのは、社長なのです。」
佐々木敏明の秘書・明田はそう言うと、陽千代を見た。
「本日、長男の孝輔様がNYからご帰国される予定だということは、既にご存知ですよね?」
「へぇ。“一力”のお座敷で、聞きましたえ。それがうちと何か関係あるんどすか?」
「ええ。デパートの京舞披露の時間が終わったら、ホテルには戻らずにこの場所へおいでください。では、わたしはこれで。」
靖男がトイレから戻ったことを見た明田は、そっと陽千代の手に一枚のメモを握らせると、隣の車両へと移動していった。
「姉さん、あの男・・」
「佐々木様の秘書やそうや。うちに佐々木様が話があるて、さっきこれをうちに渡しに来てくれはったわ。」
「へぇ、そうどすか。途中までうちが送りますわ。」
「頼むわ、靖男さん。」
一方、隣の車両へと移動した佐々木敏明の第一秘書・明田は、相棒の第二秘書・山岡が座っている席の隣に腰を下ろした。
「陽千代とは話せたか?」
「ああ。それよりも、15年前の事件の事をしつこく追っている刑事が居るらしい。さっきトイレに立った時に見たんだが、後ろの座席に座っていたのを確認した。」
「くそ、しつこい野郎だ。まだ社長を犯人だと決めつけていやがるのか。」
山岡はそう言って舌打ちすると、ペットボトルの緑茶を飲んだ。
「心配するな。あの資産家夫妻を殺したのは社長じゃない事くらい、わかってるだろ?秘書の俺達が社長を信じなくてどうする?」
「そうだな、お前の言う通りだ。」
「そろそろ東京に着くから、降りる準備をしないとな。」
新幹線は品川駅を過ぎ、東京駅のホームへと到着した。
「姉さん、足元に気ぃつけて。」
「靖男さん、うちの分の荷物持ってくれはって、おおきに。」
「こんなもん、お安いご用どす。」
新幹線から降りた陽千代と靖男は、タクシーで宿泊先のホテルへと向かった。
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