「聖なる神、デウスよ、今日もわれらを護り給え。」
「我らに多くの糧を授けたまえ。」
武州のとある民家の中で、数人の村人達が異国の神へ祈りを捧げていた。
彼らの手にはクルス(十字架)が握られており、幼子イエス=キリストを抱く自愛の聖母マリアの像が床の間に置かれていた。
熱心に村人達が祈りを捧げていた時、突然外から男達の怒号が聞こえたかと思うと、荒々しく扉が乱暴に蹴破られた。
「居たぞ、キリシタンだ!」
「一人残らず捕らえよ!」
村人達は役人達が不意に押し入ってきたことに一瞬虚を突かれたかのように動かなかったが、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすかのように逃げていった。
だが彼らは役人が振るう刃の下に次々と倒れていった。
骨と肉が断たれる音とともに、彼らの身体から噴き出す血しぶきが叢(くさむら)の緑を汚した。
「退くぞ。」
「もう誰も居らぬようだからな。」
懐紙で村人達の血を拭い、刀を鞘に納めた役人達は満足したかのように惨劇の場を後にした。
彼らの気配が全くしなくなった時、叢から一人の少年が出てきた。
艶やかな漆黒の髪を高い位置で結び、雪のように白い肌に蒼い瞳を持った彼は、物言わぬ骸と化した村人達を見て絶句した。
彼は胸の前で十字を切り彼らの冥福を祈ると、その場から立ち去った。
「歳、どこ行ってたの?心配したんだから!」
姉の信に怒鳴られ、少年は俯いた。
「ちょっと寄り道してた・・」
「最近物騒だから日が暮れたらさっさと帰ってくるのよ、わかった!?」
「わかったよ・・」
少年―土方歳三は姉の言葉にそう頷くと、彼女とともに家へと入っていった。
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