千代の訃報を聞いた歳三は、その日から罪の意識に苛まれ、食事が喉を通らず、元々華奢だった彼の身体には肋の骨が浮き出るようになるまで痩せてしまっていた。
「歳、あんた大丈夫?」
「大丈夫だよ。じゃぁ、行ってくる。」
歳三はそう言うと薬箱を担ぎ、行商へと向かった。
二度目の奉公先を追い出されてから、歳三は石田散薬を売り歩いては道場破りをするという毎日を過ごしていた。
(何してんだろう、俺は・・)
武士になることを夢見て、剣術をしていたのではなかったのか。
それなのにどうしたことだろう、女一人の死でうろたえるなど。
今の姿を千代が見たら、彼女は笑ってこう言うだろう。
“馬鹿な男だね、あんたは。そういうところに惚れちまったのさ。”
だがもう千代はこの世にはいない。
彼女が何故死んだのかは解らないが、彼女の死は歳三の心に暗い影を落としたことは紛れもない事実だった。
前に進もうとしているのだが、その方法がわからぬまま彼は行商をしていた。
「歳さぁ~ん!」
「相変わらず男前だねぇ~、薬ひとつちょうだいな。」
「あいよ、毎度あり。」
行商をしていると、歳三の美貌に引かれて女達が自ずと集まりだしてきては薬を買っていく。
中には、軽々しく歳三の身体に触る者も居た。
だが千代の一件で、歳三は女性と深い付き合いをすることを止めていた。
遊びの内はいいが、深入りすると後戻りできなくなる。
歳三はもう、あんな思いをするのは嫌だった。
大切なものを失うことにより、感じる深い喪失感を。
「じゃぁ、また来てねぇ~」
「待ってるからねぇ~」
女達がそう言って歳三に手を振りながら、一人二人と去っていった。
「今日は沢山売れたな・・」
金が入った袋が重たくなっているのを確かめ、歳三はにこりと笑いながら日が暮れようとしている江戸の町を後にした。
彼の後を、数人の男達が尾行していった。
「てめぇら、いい加減出て来い。」
歳三は背後から妙な気配を感じてそう呟くと同時に、彼の周りを数人の男達があっという間に取り囲んだ。
「てめぇら、なにもんだ?」
「お前が土方歳三か?」
「そうだが、てめぇらは?人に名を聞く前に、まずはてめぇの名を名乗りやがれ。」
蒼い瞳で男達を睨みつけると、彼らは一斉に抜刀した。
「そなたのような優男に、練兵館の看板を任せられるものか!」
男の言葉を聞いた歳三は、彼らがこの前道場破りをした練兵館の者達だと気づいた。
「へぇ、集団で闇討ちたぁ、卑怯極まりねぇなぁ。丁度むしゃくしゃしてたところだ、相手になってやるぜ!」
歳三はふっと笑うと、男達を睨みつけた。
それを合図に、彼らは一斉に歳三に襲い掛かってきた。
真剣相手に負ける気などさらさらなかったので、歳三はあっという間に男達を倒した。
「はん、練兵館の門下生が聞いて呆れるぜ。これに懲りて闇討ちするのは止めておくんだなぁ。」
歳三はそう彼らを嘲笑うと、闇の中へと消えていった。
「くそう、あの男、いつか痛い目に遭わせてやる・・」
歳三に倒された男はそう言って低く唸ると、ゆっくりと地面から立ち上がった。
仲間を助け起こそうとした彼は、ふと何かが光っていることに気づいた。
「何だ?」
彼がその光るものを拾い上げると、それは邪教の神を象ったクルスだった。
夜明け前、歳三は家族が寝静まっているのを確認して家の外へと出た。
朝の祈りを捧げようとしてクルスを取り出そうとすると、いつも懐に入れていたそれがないことに気づいた。
(畜生、きっとあそこで落としたに違いねぇ!)
歳三はすぐさま闇討ちに遭った場所へと向かった。
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