「久しぶりの江戸だな、歳。」
「ああ・・」
隊士募集のため江戸へとやって来た歳三と勇は、約半月ぶりに故郷の空気を吸い、少し安堵したかのような表情を浮かべていた。
「さてと、俺はたまこに会いに行くよ。お前は?」
「俺は別に寄る所がある。」
「じゃぁ、試衛館で落ち合おう。」
勇と品川宿の前で別れると、歳三はある場所へと向かった。
そこは、歳三がキリシタンになった11歳の頃、足しげく通っていたキリシタンの集会所だった。
「マリア様、来てくださったんですね!」
「おい、その呼び名はやめろっつただろうが!」
集会所へと入った歳三は、そう言って一人の少年を睨みつけた。
「申し訳ありません、つい・・」
「マリア様、お久しぶりでございます。」
少年の背後から、一人の老人が現れた。
「喜八、お願いだからマリア様って呼ぶのはやめてくれねぇか?むず痒くならぁ。」
「何をおっしゃいますか。あなたはわたし達にとって慈悲深き父なるキリストの母、マリア様です。」
喜八と呼ばれた老人はそう言って歳三を見つめると、胸の前で十字を切った。
「さてと、どうぞ中へ。皆が待ってます。」
「ああ。」
歳三は喜八達とともに、集会所の中へと入った。
「マリア様!」
「マリア様がいらっしゃった!」
「おお、マリア様が我々の御前に!」
集会所に歳三が入ると、信者達が口々に歳三の姿を見てそう叫びながら、胸の前で一斉に十字を切った。
彼らは、歳三の仲間で、幕府の目から逃れてキリスト教を信仰している者達だった。
(ったく、何だよみんなしてマリア様って・・俺は男だぞ!)
男だというのに、“マリア様”と呼ばれ、心中複雑な歳三であった。
ふと視線を感じた彼が集会所の隅へと目を向けると、そこには鳶色の瞳をした青年が自分を見つめていた。
「喜八、あいつはぁ誰だ?見ねぇ顔だな?」
「ああ、あのお方は桂小五郎というお方です。江戸で道場を開いています。」
「桂って・・」
歳三の蒼い瞳が、鋭く光った。
「喜八、向こうで待っててくれねぇか?俺はあいつと話がある。」
「わかりました。」
歳三からただならぬ気配を感じたのか、喜八はそそくさと彼の元から去っていった。
彼がゆっくりと桂の前に立つと、桂はにっこりと歳三に微笑んできた。
「あなたが、お噂の“マリア様”ですか?」
「俺ぁそんな風に呼ばれちゃいねぇよ。あんたが、“逃げの小五郎”か?」
「それは不名誉なあだ名だね。言っておくが、ここに来たのは君と戦うために来たわけではない。」
「じゃぁ、何しに来たんだよ?」
「それは後で説明する。少し時間あるかい?」
「ああ・・」
桂と連れ立って集会所から出て行く歳三の姿を、喜八は不安げに見ていた。
「喜八様、マリア様は・・」
「心配することはないよ。」
集会所から出た桂と歳三は、日本橋近くの茶店に落ち着いた。
「それで?俺に話ってなんだ?」
「君は、この国をどう考えているんだい?」
「あんたの言ってる意味がわからねぇな。」
歳三は茶を一口飲むと、桂を睨んだ。
「君はわたしのことを誤解しているよ、土方君。ただ単にわたしは倒幕を叫ぶ危険人物だと思ってはいないかい?」
「ああ、その通りだよ。あんたは御所に発砲した長州の奴らと同じで、天子様と上様に弓ひく逆賊だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ。」
「そうか・・どうやら、わたし達は永遠に分かり合えないようだね。」
「あんたと仲良くするつもりなんざ、はなからねぇよ。」
歳三は吐き捨てるようにそう言うと、茶店から出て行った。
「歳、遅かったじゃないか!」
「済まねぇな勝っちゃん。ちょっと用事があってよ。」
「そうか。さぁ、中へ入ろう!みんなお前を待ってるぞ!」
「あぁ、わかったよ・・」
半月ぶりに試衛館の門をくぐると、そこには姉・のぶと勇の妻・つねが立っていた。
「歳、あんた見ない内に少し痩せたんじゃない?」
「ああ。忙しくてな。」
のぶはそっと歳三の頬を撫でると、母屋の中へと彼を引っ張っていった。
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