歳三は蛇女と化した女御から逃げようと、己の首に巻きついている彼女の黒髪を太刀で切り落としたが、それはまるで蜥蜴(とかげ)の尻尾のように再び生えては彼の首を締め付けた。
「無駄なことよ、妾の髪からは決して逃れられぬ!」
(くそっ、一体どうすれば・・)
何とかこの状況を打破する為にはどうすればよいのか、歳三は必死に考えていた。
しかし、その間にも女御の黒髪は歳三を窒息させようとますます首を締め付け始めた。
「どうした?もう妾に恐れをなし、命乞いをする気になったか?」
シューッと息を吐きながら、女御はそう言って歳三の顔を覗き込んだ。
紅い目は勝利を得た輝きで爛々と光っていた。
「何故、人をいつまでも恨むのです?」
「妾には決して落ち度がなかった。それなのにあの女たちに理不尽な目に遭わせられたのじゃ。貴様かて、誰かを憎んだり、恨んだりしたであろう、違うかえ?」
「お、俺は・・」
あなたとは違う、といおうとした歳三は、その言葉が喉元に出そうになったが、言うのを止めた。
その代わりに、彼の脳裏にいつも心の奥底に封じ込めていた辛い記憶が、まるで堰を切ったかのように溢れ出した。
―お前なんか、死ねばいい!
―あんな子、学はあるけれど可愛げ気がない。
幼い頃から自分を密かに傷つけてきた、周囲の心無い言葉。
自分だけに向けられた、冷たい氷のような視線。
自分は何も悪いことはしていないのに、出自の所為で理不尽に迫害される辛さ。
「そうじゃ、もっと憎め、恨め!自分を不幸にし、迫害してきた周囲の者を!」
女御の言葉が、無意識に歳三の中に眠る負の感情を呼び起こさせた。
―そうだ、自分は何も悪くはない。
―悪いのは自分を迫害してきた周囲の者達だ。
「滅んでしまえばよいのじゃ!あの女たちも、帝も、この国も!皆のたうち回り、苦しみ、全身から血と膿を流し妾の足元で許しを乞うて死ねばよいのじゃ!」
後宮の淀んだ瘴気が、女御の高笑いによってますます黒く、濃くなっていった。
「みんな・・死ねばいいんだ・・」
「そうじゃ。そなたも妾と同じ気持ちであろう?どんな聖人君子でも、負の感情は抱えておるものじゃ。貴様とて例外ではないはず。」
歳三が俯いた顔を上げると、そこには蛇女ではなく、生前の美しい女御の姿があった。
かつて帝の寵愛を欲しいままにし、“日の本一の美女”と謳われた花のかんばせを歳三に向けた彼女は、にっこりと彼に微笑んだ。
「さぁ、妾の手を取るがよい。」
歳三の手は、無意識に女御の白魚のような美しい手に伸びた。
「それでよい。そなたはもう妾のものじゃ。」
女御に抱き締められた歳三は、静かに闇の中へと意識を落としていった。
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Last updated
2013.09.17 15:49:57
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