道の駅で昼食を取った近藤と歳三は、温泉街へと向かった。
「ああ、美鶴楼が潰れたことなら知っていますよ。あの時はエライ騒ぎだったからねぇ。」
芸者の千代松はそう言うと、近藤の猪口に酒を注いだ。
「エライ騒ぎって、具体的にどんな騒ぎだったんですか?」
「美鶴楼の女将は、密かに株の売買をしていてねぇ・・それで、近々合併して株が上がるっていう企業の株を買って、大損してさぁ。丁度10年前の事だったかねぇ。」
「10年前っていやぁ、リーマンブラザーズ・ショックの煽りを受けて次々と会社が潰れた時期ですよね?」
「そうそう。恵子さん・・美鶴楼の女将さんが買った株を所有していた会社が倒産したのもその時期でねぇ、恵子さんはその所為で2億もの借金を背負っちまって・・夜逃げ同然にこの町から出て行っちまったよ。」
「それで、今も行方知らずな訳ですか・・」
「まぁ、そういうこったねぇ。それよりもお客さん、あんた達何処から来たんだい?」
「東京からです。ある人を捜していまして。」
「ある人って?」
「荻野千尋さんです。」
「ああ、千尋ちゃんねぇ・・あの子、今は鹿児島の農家に嫁いだとか聞いたけどねぇ・・」
「詳しいお話、聞かせてくださいませんか?」
K町から東京に戻った二人は、その足で吉田拓人の元へと向かった。
「何でしょう、僕にお聞きしたいことっていうのは?」
「拓人さん、あなた本当はお姉さんの消息をご存知なのではないですか?」
「何ですか、藪から棒に・・もしかしてあなた方、僕が密かに姉と連絡を取り合っているとでもおっしゃりたいんですか?」
拓人はそう言うと、拳でテーブルを殴った。
「いえ、あなたを疑っている訳ではありません。一応確認の為にお聞きしているだけです。」
「そうですか・・警察は疑うのが仕事ですから、仕方ありませんよね。本当の事を、お話します。」
拓人は深呼吸した後、コーヒーを一口飲んだ。
「僕は姉が生きていて、鹿児島の農家に嫁いで嫁ぎ先で幸せに暮らしていることも知っています。この7年間、年賀状のやり取りをしてきましたからね。」
拓人はそう言ってリュックの中から一枚の年賀状を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
そこには、赤ん坊を抱いた千尋が笑顔で夫とその家族達に囲まれている写真が載っていた。
「これは一昨年、僕の自宅に届いた年賀状です。これで納得してもらえましたか?」
「どうして、今まで我々にお姉さんが生きている事を黙っていたのですか?」
「この7年間、僕と姉は世間の好奇の目に晒され、苦しい思いをして生きてきました。姉は漸く過去の苦しみから解放されて、新しい家族と共に幸せな未来に向かって生きているんです。どうか、姉の事はもう放っておいてくれませんか?」
拓人はそう言って年賀状をリュックの中にしまうと、自分のコーヒー代だけ払って歳三達に背を向け、カフェから出て行った。
「なぁトシ、今の話どう思う?」
「あいつは嘘を吐いてねぇ。まぁ、俺ぁこの目で荻野千尋が生きているのかどうか確かめるまで、吉田拓人を疑い続けるがな。」
歳三は空いている椅子に掛けてあるコートを掴むと、近藤とともにカフェから出た。
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