イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
スケート靴を履いた康二郎は、そのまま氷の上を優雅に滑った。
「お前、初めてじゃねぇのか?」
「んだ。」
康二郎はそう言った後、そのままバレリーナのように優雅なスピンをした。
「何処でそんなの、憶えたんだ?」
「本で見たのを真似しただけだ。」
「へぇ・・」
歳三は康二郎の隠れた才能に驚きつつも、彼と並んで氷の上を滑った。
「トシ、お前ぇは何も変わってねぇな。昔のまんまだ。」
「そうか?」
「おらは、随分と変わっちまった。生きる為だけに、どんなに汚い仕事でも喜んでした・・」
康二郎はそう呟くと、手袋を嵌めた手を見た。
「康二郎、お前ぇ今まで何処に居たんだ?」
「それは、教えられねぇ・・トシ、お前ぇと会えて嬉しかった。」
「俺もだよ、康二郎。なぁ、また会えるよな?」
「それはわからねぇ・・じゃぁな。」
康二郎は憂いを帯びた金色の双眸で歳三を見た後、スケートリンクから去っていった。
「康二郎、どこさ行ってただ?」
「昔のダチに会ってたんだ。」
「ダチ?お前ぇにもダチが居んのか?」
「ダチっつっても、ガキの頃のダチだ・・」
「康二郎、親方が呼んでる、来い。」
「へぇ。」
康二郎は兄貴分の男とともに、“親方”の部屋へと向かった。
「親方、康二郎が帰って来ました。」
「康二郎、お前ぇ今まで何処で油売って来ただ?」
「甲府に行って来ました・・」
「甲府・・確かあすこには、スケートリンクっつーもんが出来たな。」
親方―康二郎の養父・萱沼康一郎は、そう言うと煙管の中に溜まっていた煙草を火鉢の中へと捨てた。
「甲府で誰と会ってきたんだ?」
「ガキの頃のダチです。」
「へぇ・・康二郎、これからお前ぇにデッケェ仕事を頼みてぇんだ。」
「わかりました。では、俺はこれで失礼します。」
康一郎の部屋から出た康二郎は、廊下で彼を待ち伏せていた兄貴分の西嶋に声を掛けられた。
「おい康二郎、おめぇ最近親方に気に入られているからって、調子に乗ってねぇか?」
「調子になんて乗っていません・・」
「てめぇ、俺を舐めてんのか!?」
西嶋に胸倉を掴まれた康二郎は、咄嗟に彼を中庭へと投げ飛ばした。
「おい西、そいつに構うな。」
「親方・・」
「康二郎、風呂にでも入れ。」
「わかりました・・」
浴室の脱衣場に入った康二郎は、スーツを脱いで下帯一枚だけをつけた姿になった。
その背には、鮮やかな龍の刺青が彫られていた。
あの日―鎌倉での事件の後、帰る家がない康二郎は、あてもなく北海道まで歩いた。
空腹で歩く気力を失くした彼は、そのまま雨で湿った地面の上に倒れ込むようにして眠った。
「おい、起きろ。」
誰かに揺り起こされ、康二郎が目を開けると、そこには仕立てのいいスーツを着た中年の男が立っていた。
「おめぇ、何処から来たんだ?」
「鎌倉・・」
「ほれ、これやる。」
男はそう言うと、康二郎の前に食べかけのパンを差し出した。
康二郎は男からパンをひったくると、それを貪り食った。
にほんブログ村