イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「まだ飯を食べるだけの体力はあるようだな?」
パンを貪り食う康二郎の姿を冷たく見下ろしながら、男―萱沼康一郎(よしぬまこういちろう)はそう呟いた。
「お前、名は?」
「おら・・康二郎。」
「良い名だな。わしと一緒に来い。」
自分の前に差し出された康一郎の手を、康二郎は握った。
康一郎に連れて行かれた先は、炭鉱だった。
そこでは年寄りや男、女、そして子どもまでもが全身煤に塗れながら懸命に身を粉にして働いていた。
「これからは、飯の心配をすることはねぇ。ここで働け。」
「ありがとうございます・・」
炭鉱での仕事は、幼い康二郎にとっては過酷で、辛いものだった。
坑道の奥は常世の闇のように限りなく深く、不気味なものに見えた。
トロッコの進路を作る為に康二郎をはじめとする子ども達は坑道をスコップで掘ったが、子どもらにとってそれは重労働だった。
しかし常に死と隣り合わせの仕事をしている炭鉱の労働者達の間には、強い絆で結ばれていた。
東京の学校で孤立していた康二郎は、北海道の炭鉱で漸く己の居場所を見つけることができた。
「坊主、おめぇこれ食ってねぇだろう?これさ、食え。」
ある日の昼下がり、康二郎が炭鉱から出て来ると、坑夫の正夫がそう言って彼に握り飯を差し出した。
「ありがとう、まさ兄ちゃん・・」
「坊主は、どっから来たんだ?」
「東京から来た。おら、今まで青森に住んでいたんだ。」
「そうか・・坊主、幾つだ?」
「7つになる。」
「こんなに小せぇのに、辛い思いをしてきたんだなぁ・・」
正夫はそう言うと、大きな節くれだった手で康二郎の頭を撫でた。
それから二週間後、炭坑で落盤事故が発生した。
「うちの人は、うちの人は大丈夫なんですか!?」
「離せ、おらのかみさんが中に居るんだ!」
「倅が、倅が中に居るんです、助けてくだせぇ!」
夫や妻、子らの安否を確かめる家族達で、炭坑の外にある事務所の中は犇(ひし)めき合っていた。
夜の帳が下りようとしている頃、炭坑内から負傷者が担架に載せられて運び出されてきた。
その中に正夫の姿を見つけた康二郎は、彼に駆け寄った。
「まさ兄ちゃん、しっかりして!」
「康坊、強く生きんだぞ。」
自分の頭をそっと撫でる正夫の手が氷のように冷たいことに康二郎は気づいた。
「嫌だ、死なねぇでくれ!」
「これ、持ってけ・・」
正夫はそう言うと、肌身離さず持っていたハーモニカを康二郎の手に握らせた。
「負けるなよ・・」
「まさ兄ちゃん・・」
正夫は、その日の夜に静かに息を引き取った。
(まさ兄ちゃん、おら、負けねぇ・・)
康一郎とともに東京へと戻った康二郎は、彼の養子となった。
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