※BGMとともにお楽しみください。
遼太の病気は快方に向かうどころか、悪化の一途を辿っていた。
「お遼、あんたをこのまま仕事を続けていると、死んじまうよ?」
「いいんです、女将さん・・太夫として死んでいけるのなら、本望です。」
「そうかい・・あんたがそう言うのなら、あたしは何も言わないよ。」
みつはそう言うと、衣桁に掛けられている白無垢を見た。
「太夫、支度が出来んした。」
「わかった。」
布団から起き上がった遼太は、衣桁に掛けられている白無垢を見ると、鏡台の前に座って化粧を始めた。
鏡の中には、土御門遼太ではなく、雀楼の嵯峨太夫の顔が映っていた。
「おい、来たぞ!」
見物人の声がして、歳三が通りを見ると、丁度雀楼を出た嵯峨太夫が二島屋まで太夫道中を行っているところだった。
嵯峨太夫は花嫁の白無垢を纏い、鼈甲の簪と櫛を挿し、頭には綿帽子を被っていた。
白粉を塗り、下唇に紅をつけた嵯峨太夫の顔は、凛としていて、数日前歳三に見せた病人の蒼褪めたそれではなかった。
(遼太、お前ぇは最期まで、太夫として生きてぇんだな・・)
歳三が複雑な想いを抱きながら嵯峨太夫の最後の太夫道中を見ていると、少し離れたところで康二郎が嵯峨太夫を見つめている事に気づいた。
彼は金色の双眸で嵯峨太夫の艶姿を見つめながら、涙を流していた。
康二郎は、太夫の病がもはや手の施しようがない状態である事を知っているのだ。
(お遼、おらはお前ぇを助けられなかった・・許してくれ。)
道中が中ほどにまで差し掛かろうとしている時、嵯峨太夫は康二郎の背後に長ドスを持った男が忍び寄っていることに気づいた。
「萱沼、覚悟!」
「康様!」
誰かに突き飛ばされた感覚がして地面に転がった康二郎は、嵯峨太夫が胸に紅い華を散らせながら地面に倒れるのを見た。
「お遼、しっかりしろ!」
「康様・・ご無事で良かった・・」
康二郎が嵯峨太夫を抱き起こすと、彼が纏っていた白無垢は血に染まり、彼の胸には無残な刀傷があった。
「助けてやっからな!」
康二郎は手巾を取り出して止血を試みたが、無駄だった。
「遼太、しっかりしろ!」
「トシ・・わたしの艶姿は、どうだった?」
「とても綺麗だったぜ。」
「ありがとう・・」
嵯峨太夫―遼太は、そう言って歳三に微笑むと、康二郎と歳三の頬を交互に優しく撫でた。
「逝くな、まだ逝くな!」
「トシ・・最期に、お前に会えてよかった・・」
「嫌だ、お遼!俺を置いて逝くでねぇ!」
「康様、わたくしの事を・・忘れないでくださいませ。」
遼太は二人に優しく微笑むと、激しく咳込んだ。
「母上・・迎えに、来てくれたのですね。」
朦朧とした意識の中で、遼太は漸く母との再会を果たした。
歳三と康二郎は、自分達の手を握っていた遼太の両手が力を失ったことに気づいた。
「お遼~!」
手負いの獣のような康二郎の叫びは、闇の中に溶けて消えていった。
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
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